夜が明ける頃。

「……困ったね」

 暖炉の前に置いたおかげで乾いたコートを羽織りつつ、ネルは嘆息した。

「雪、降ってるのかな」
「もしやんでいても、道にはかなり積もっているだろうな」

 テーブルの前で義手をはめながら、アルベルは言う。

「雪が解けるのを待つわけにもいかねえだろ」
「もう帰らないと。仕事があるし」
「夜明け前に出ないと城の人間に見つかる」

 次に、黒いロングコートを羽織る。ネルもまたコートを着て帰宅の準備をしているものの、どうしようかな……と暖炉の火を見つめている。アルベルはランプを持ち、彼女に歩み寄りながら言った。

「空から行く」
「うん? 空?」
「屋上に飛竜がいる。見張りが一人いるが、顔を隠せばどうにかなるだろう」
「あんた操縦できるの?」
「得意ではないが」

 暖炉の前にかがみ、薪の炎でランプに火をつけると、立ち上がって部屋のドアを開けに行った。片手をドアノブにかけたまま、背後まで来たネルに振り返る。

「行くぞ」
「うん」
「フードで顔を隠せよ。城内では何も喋るな」
「うん」

 ネルは言われたとおり、素直にすっぽりとフードをかぶった。かなり目深なので、まるで子どもがレインコートを着ているような姿に映り、アルベルは、胸中で呟く。
 かわいい。

「……」
「? なに」
「いや。行くか」

 アルベルはドアを開け、ネルを誘導するために先に前へと歩み出した。







「アルベル様?」

 狭くて暗い螺旋階段を上った先に、外へと出る通路がある。物見の塔とはまた別の場所だ。階段は先にある広めのホールに繋がっており、そこに飛竜がいて、近くに外に出るための巨大な木製扉がある。飛竜は足を畳んで眠っていた。飛竜の側には、やはり世話係の見張りがいて、アルベルと、フードを目深に被った人間を見ると、意味が分からないといった調子で首をひねった。

「あの……そちらの方は?」
「カルサアから来て帰りそびれたらしい。俺が外で見つけた」
「は、はあ」
「送る。飛竜を起こせ」

 短く言う。アルベルの命令なので逆らうわけにもいかず、見張りは、慌てて飛竜を長い棒で揺さぶり始めた。

「……古典的」
「黙ってろ」

 そのうち、飛竜が起き上がり、ぶるぶると首を振った。よく眠っている最中に起こされたせいか、かなり不機嫌そうだ。前に立っている兵士の背中にフンフンと鼻息をかけているのを見て、ネルが密かに笑っている。

「どうぞ。でも、今は雪が降っているので視界が悪いですよ。私がお送りしましょうか」
「あー」

 その手もあるなと考えたが、懸念は拭えないので、首を横に振った。

「いや、いい」
「そうですか」

 アルベルは、先にネルを飛竜の背中に乗せると、その後ろに飛び乗った。

「すぐ戻る。呼び出しがあったら適当に言っておけ」
「承知しました」

 言いながら、見張り番は木の扉をぐいぐいと押して開けた。隙間ができた途端、ごおっと強い風が部屋に吹き荒れる。外はいまだ吹雪らしい。

「お気をつけて」

 兵士の言葉と同時に、飛竜は外へと飛び出した。