アルベルは屋根から飛び下りて、元来た道を戻っていた。帰りは足跡が残っているから楽かもしれないと思っていたが、降り続く雪は並大抵ではなく、まったく道が分からなくなっていた。このまま外にいる危険だと思い、歩幅が自然と大きくなる。いつもは見張りのいる場所も、今日は避難したのか姿が見あたらなかった。
 ランプの火は、すでに消えていた。燃料が切れたわけではなく、あまりの風で蓋が外れてしまったのだ。コートの襟を引き寄せながら、もはや勘で路地を歩くしかなかった。早めに戻って暖を取った方がいいだろう。指にはすでに感覚がなく、ランプの取っ手を持っているのかどうかも怪しくなってきている。
 城には幸い明かりが灯っていた。それを頼りに、アルベルは雪に足を取られつつも、風に立ち向かうように歩を進めた。しかし、城の方角から風が吹きつけてくるため、思うように前に進まない。
 くそ、と奥歯を噛んだ、その時。
 ザンと音を立てて、目の前に、何か落ちてきた。
 雪が滑り落ちてきたのではない。雪にしては身が詰まっている。こんなときに……と舌打ちしながら、腰に差しているカタナの柄に手をかけ、アルベルはとっさに構えを取った。だが、対象と近すぎる。落ちてきた物体と自分との間は一メートルもなかった。
 気を張りつめてカタナを抜こうとすると、その物体はもそもそと動き、

「っ、はぁ!」

 声を上げて、起き上がった。
 それを見たアルベルは、硬直した。

「いったあ……」

 落ちてきた物体――いや、人は、しかめ面をしながら片手で額の辺りを押さえていた。黒のコートのフードがずり落ちて、その中に雪が入ってしまいそうなのを、アルベルはどうでもいいことなのに心配してしまった。柄に置いた手が、ずるりと脱力したのを感じる。
 目の前にいるのは、紅の髪の。

「……ネル」

 彼女は豪雪のために近くにいる人の気配を感じなかったらしく、びくっと肩を震わせ、振り返った。二人、同じ表情身で見つめ合う。寒さからだろうか、アルベルの唇が震えた。
 ネルは立ち上がり、肩からずり落ちたコートを整えもせずに、雪を鬱陶しそうに払いながら、目の前に佇む男の顔を確認した。

「アルベル?」

 彼女の口から出る吐息が、白い。
 アルベルの頭の中も真っ白である。

「なんだ、アルベル。探したんだけど」

 苦笑して言われた途端、アルベルは、がっくりとその場に膝をついた。

「アルベル?」
「……」

 手からランプが落ち、雪に埋もれる。それを見たネルは屈み、ランプを取って、そのついでに位置が低くなってしまったアルベルを覗き込んだ。アルベルは顔を伏せて表情を読み取らせない。

「ア……アルベル? どうした?」
「……」
「こんなところにいたら凍え死なない?」

 まるで会うことが当然のようなネルの口ぶりに、アルベルの拳がわなわなと震え始めた。
 この感情は、怒り、である。

「来い」
「え?」

 アルベルは顔を上げ、きょとんとしているネルの顔をキッとねめつけた。

「来い!」

 ざっと膝を雪から上げると、ネルの横を通り過ぎて、ザクザクと雪道を進んでいく。ネルは、ちょっと、何が何だかわからないんだけど、などと暴風の中で不満げに叫びつつも、従順にアルベルの後を追った。