ファリンは、先ほどのアルベルの態度が気に食わなかった。
 アルベルを呼んだのは、ファリンである。
 親交を深めるというシーハーツとアーリグリフ両国の王たちの計らいで命令が下っているのは毎回のことであるが、実際に事を起こすのは現場で動ける者たちだ。位の高い者たちも親睦会を開いたりして努力はするが、直接敵に国民に働きかけることができるのは、シーハーツで人気の高い封魔師団、アーリグリフで有名な風雷と漆黒、そして疾風だった。民衆の間で名が知られている者たちは使い勝手がいい。だから、ファリンはそれを利用してやった。
 アーリグリフからアルベルを寄越したいと言うと、周りの者は、あまりいい顔をしない。アルベルは、未だシーハーツの中で恐れられている存在だった。そういう者がひとりでもいる限り民は安心しないのだ。互いの国に行き交うこともしないし、相手を信用することもしない。それゆえに良くない噂が立ったり無駄な争いごとが起きたりする。つまらない事が戦争を引き起こすきっかけになる。自分たちは、それを塞がねばならなかった。
 ファリン得意の話術で手紙をしたため、前々からネルに持ち上がっていた縁談について相談していたエレナに、アーリグリフ王に掛け合ってもらえるよう頼んだ。アーリグリフの王がエレナの言葉で動きやすいことを、ファリンは知っていた。とはいっても、ネルがもしアルベルに結婚の話をしていたと考えると、計画の成否は何とも判断しにくかった。アルベルがどういう性格をしているのかよく分からないが、好きな相手の縁談話などを聞かされて逢いたいと思う人間は少ないだろう。
 仕事を選ぶか、自分を選ぶか。アルベルがどちらの部類に入る人間かと考えた時、大抵の人間は後者を予測するかもしれない。が、アルベルは、両国の戦い以来、妙に自分に厳しくなった。ファリンは、ネルと行動を共にするアルベルを見て、そう思っていた。彼がそんな律儀な人間になったのは、おそらく、ネルの影響なのだ。
 案の定、彼は仕事を選んだ。
 だが、ファリンは、いま目の前で起こったようになって欲しかったわけではない。

(……ばかね)

 互いをさほど必要としなくても平気でいられる関係は、つまり拘束されていないということだ。片方が去ろうとすれば、それも運命だと思って送り出してしまう。彼らはその代表だ。抵抗することを知らない。抵抗が損であったり無駄であったりすることを先に悟り、戦うことを諦めてしまう。先に諦めるのが、ネルだった。ファリンは、ネルのそういうところが嫌いだった。確かにネルの選択は正しいかもしれないが、今のネル自身にとっては、それは正しいことではないのだ。
 ここまでくると、自己犠牲も重い病気のように思えた。

「なあ、ファリン」

 気まずさがピークに達していたらしいタイネーブが、そろそろとファリンに近寄ってきて、小声で言った。

「やばいんじゃないの?」
「……」

 もちろん相当まずい状況である。だが、アルベルとネルは、まずさの限界をぶち抜かない限り、軌道を元に戻してくれないのだ。このままでは、ネルが本当に他国に嫁いでしまう。

「怒られても」

 ファリンはキッと目をつり上げると、右手の拳を握り締め、

「まだまだですう!」

 腰をかがめ、可愛い大声で、怒髪天を衝くような気合いを入れた。