王子の名前は、ラルレという。舌を噛みそうな名前が彼の国では流行っているらしい。
歳は十七。ネルは二十四。クレアは年が離れすぎていると文句を言っていたが、彼の国では齢十五で結婚をしないと成人を迎えられないという不思議な決まりがあった。
それでは容易に離婚もできないだろうとラルレが隣で喋っているのを聞きながら思ったが、このラルレという少年、見た目かなり可愛い男である。華奢で金髪、青い瞳、雪のように白い肌、バラ色の頬。目がぱっちりしていて、どことなく女性的な印象を受けるが、とんでもなく美しい男性の声をしていて、ネルは不覚にもその音色に聞き惚れてしまった。
彼の国では白銀色が代表色のようで、服は白一色。この前の会議でも彼の国の人間は皆、白を着ていた。ラルレは、白地に金縁が施してあるローブをゆったりと着こなしている。
現在ネルとラルレがいるのは、シランドの城外、芝生を植えた庭にあるベンチの上だった。甘ったるいシチュエーションにネルは言葉もなかったが、ラルレはずいぶんと喜んでいる様子だった。
「綺麗なお庭ですね。わたしの国の城は、これほど大きくはありません」
ネルも、今は戦闘装束ではない。戦闘装束で出ようとして、クレアに止められた。私のを貸してあげるからと言われ、しぶしぶ薄い紫色のドレスを着ている。
「ネルさんは、お城で過ごされることが多いのですか?」
「私は、そうでもないよ。そもそもシランド自体にいない……かな」
「そうなのですか」
周りにバラでも咲きそうな勢いの微笑みを浮かべ、ラルレはこっくりと頷いた。世の女性を圧倒しそうなほど美しい男の笑顔に、ネルは内心たじたじだった。腕はネルと同じくらいの細さだし、顔は、もしかしたらネルより小さいのではないだろうか。
「わたしは、自然が好きなんです。こうやって整えられているお庭も好きですが、自然に生えている草花も、趣があると思うのです」
「ああ……それは同感かも」
たとえ王子であっても口調を変えないことがネル自身でも不思議だったが、どうやら己の性格らしい。この少年が偉い人間だからといって、なぜかかしこまることができないのだ。まるで弟のような感覚だった。
「私も山や道に生えている花の方がいいな」
「ええ。花も、草も、木も、本来あるべき場所で、たくましく育ってくれるのがいいと思います」
美少女にも見間違えそうな顔に似合わず、言うことにはなかなか芯がある。
「そういえばネルさんは、封魔師団という組織の一員だと伺いました」
「ああ、うん」
「一体どのようなことをなさるのですか?」
「どのような……うーん、私たちは隠密だから」
ネルは指で頬をかき、苦笑いを浮かべた。
「あまり詳しいことは言えないんだよね」
「あ、ああ、そうですよね。申し訳ありません……ぼく……あ、いえ、わたしは、まだこの国のことをよく分かっていなくて」
「ふふ、普段の一人称は僕なんでしょう? 無理しなくていいよ」
「す、すみません。城の中ではその一人称を遣うことが多いので、なかなか慣れなくて。その……
シーハーツの国土についてや宗教、生活などは色々と調べたりはしたのですが、僕らの国とは相違点がたくさんあって、少しびっくりしました。シランドは、つい最近まで戦争をなさっていたのですよね」
ラルレの言葉に、ネルは一瞬口をつぐんだ。彼から顔をそらし、正面を見る。
正面には花壇があり、そこには、紅のバラがいくつも咲き誇っていた。
「……」
紅。
まるで、あの男の瞳のようだ。
「……うん」
「あ、あの、もし話したくないのならかまいません。僕らが介入できる話でもありませんので。
……ただ」
ラルレは申し訳なさそうにうつむき、控えめに問うた。
「ただ、あなたの国は、僕たちの国の鉱山を望んでいるでしょう?」
ネルは口を閉じた。
国が施術に耐えうる金属を欲する理由は一つしかない。貧困や戦争から自国を守るためだ。金属に施術を利用した道具、特に武具を作れば資金繰りをするために最も有効な手段となる。シランドには施術兵器開発のプロがいるし、他の国が作ったことの無いような強力な道具を作ることが可能だ。施術を知らない余所の国は、喉から手が出るほど欲しがるだろう。
国政に携わるラルレも無論、鉱山を得たい理由など分かっているはずだが、あえて質問してきたのは外交の一環だ。答えても問題ないだろうが、今回は結婚という目的で逢っているのだから、あまり詳細に話すと役人が黙っていないかもしれない。そのうちラルレも気遣った声を出した。
「すみません。今は、その話はすべきではありませんでしたね」
「いや……」
気を取り直し、ネルはベンチから立ち上がった。
「ところで、さっき封魔師団の仕事は何かって話が出たけど、もしよかったら見ていく?」
「え?」
「今日は、私の部下が子どもたちに護身術を教えるボランティアをやってるんだ。二人で見に来てくれって言われていて。こういう平和なときは、雑用をこなしてるのさ」
「わ、わあ……」
花のような笑顔を浮かべ、ラルレは感激したように立ち上がった。
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