アルベルが宣告を受けた次の日のアーリグリフ城は、ちょっとした混乱に包まれていた。
混乱の理由は、廊下を歩くアルベルが恐い。それだけである。
アルベルから放たれる黒いオーラが、何やらただごとではないことを示していた。時おりアルベルにすれ違う者が、負のオーラをまき散らしている男を避けるために後ずさりして廊下の壁にくっつく。怒っている時のアルベルの面持ちが、普段と変わらないところは厄介である。最近になって城に入ることを許された新米の従者たちは、「こんにちは、アルベル様」と言うたび、アルベルに睨まれたり蹴飛ばされたりしていた。被害を受けた新人は、何がなんだか分からない、嫌われてしまったのだろうか、どうしよう、と半泣きになる。すると、近くで見ていた者が同情して、理由を話してくれる。「あのお方は、ああいうお人なのだ」と。そういったことが、朝からあちこちで繰り広げられていた。
実際、アルベルは滅多に怒ったりしない男だ。本気で憤怒したこと自体、ほとんど無いのである。挨拶をしてくる人間がいれば、言葉は発さなくとも、手をひらひらとやって返したり、軽く頭を下げたりしていて、見た目や態度からすれば意外とフレンドリーに感じるのか、それでアルベルファンになる者も少なくはなかった。
だが、今回は、仕事が重なったのが悪かった。ネルの話に悶々としていたせいで、よく眠れなかったのである。未だモヤモヤしたものが頭から離れず、それを取り除くために近くの山で巨木でも切り刻もうと思っていたが、朝一でお呼びがかかってしまった。ストレス発散にカタナを振るうこともできず、アルベルの苛立ちは募るばかりで、しかも言い渡された仕事内容が最悪だったのだ。
行き先は、シランドである。
「ネル様、ネル様」
城の廊下を歩いていたネルを、ファリンが呼び止めた。
ネルは、肩越しに振り返ると「ああ、ファリンか」と微笑み、身を翻した。
「どうした?」
「あの、余計なことかもしれないんですけどお」
部下ファリンの口調に関しては、上司ネルは、特に何も言わない。
「明日、王子様がネル様に会いにくるって本当ですかあ?」
「えっ」
ネルは一瞬言葉に詰まり、目をそらした。
「あ、ああ……」
「なんか、突然ですよねえ?」
「そうだね。お忍びみたいだから」
「お忍びい!?」
どこかわざとらしい口調で言い、パンと両手を鳴らしながら、ファリンは目を丸くした。ネルは居心地悪くなって、少し身体を遠ざける。が、それを許すまじというばかりに、ファリンがずいと近づいてきた。
「王子様ったら、熱烈じゃないですかあ」
「さ、さあ……単に顔を見に来るだけじゃないの」
「だって、ここまで来るのに、どれだけ時間がかかると思いますう?」
「そうだね……私にそんな価値があるとは思えないけど」
「いやん、ネル様は美人でカッコイイですもーん……」
両手を上げて言ってから、ファリンはなぜか停止し、気を取り直した様子で、コホンと咳払いをした。
「えーっとですねえ。明日、お稽古があるのはご存じですか?」
「稽古?」
「はい。城下街の子どもを集めて、ちょっとした護身術を教えるんですよお」
「へえ。私は聞いてないな」
「前から予定してたんですけど、ボランティアなんですう。私とタイネーブが、午前で仕事が上がりで、お稽古するのは午後なんですけど、ネル様にもぜひ見て欲しいなあって」
「ふーん……」
ネルは、口元に手を当て、しばし考え込んでから頷いた。
「なら、王子と一緒に見ようかな」
「えっ?」
「せっかくだし、私も王子と二人で何を話せばいいか分からないし、丁度いいよ」
「あっ、あー……」
ファリンは少し戸惑った様子だったが、すぐに笑みを浮かべて、元気溌剌な調子で言った。
「いいですよう! ぜひ王子様もお誘いしてくださあい」
「ああ。そうするよ」
「場所は、シランドの城下街で、南東の端ですう」
「あの行き止まりの所ね」
「はーい」
ファリンの、何かたくらんでいるような気がしないでもない満面の笑みは一体何だろうと思いつつ、まあいつものことだし気にしないのが一番、と、ネルは踵を返して廊下の奥へと歩いていった。
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