「となると、ネルがまずいことになってんな……」

 アーリグリフに続くトラオム山岳地帯、アリアスの村に続くアイレの丘への道には、カルサアの東西から行けるようになっている。この東西へ繋がるカルサアの大通りの中心、町の掲示板がある六角形の休憩所に、三人はいた。ここならば、アイレの丘から来るであろうネルの姿を目撃しやすいからだ。
 二人から一通りの状況を教えられたクリフは、深刻そうな顔をし、口元に手を当てていた。

「また一人で突っ走りやがって、あいつ……」
「だから、ネルさんより先に犯人を見つけなくちゃって。でも情報がなくて困ってるんです」
「アルベルには心当たりは無いのか?」

 ベンチに腰掛けているアルベルを見下ろし、クリフが焦燥した様子で尋ねるが、アルベルは町の中を眺めながら無表情で肩をすくめるだけだった。

「さあな。シーハーツに恨みを持っている輩は大勢いる。探し当てるのは不可能だろう」
「たとえば、お前らの国で毒に通じている人間とか」
「シーハーツの隠密でも扱えないような毒を知る人間が、目立つ形で俺を含めた六人を攻撃すると思うか? 俺が知るアーリグリフの暗殺兵器機関は王の指導下にある。俺を含めるようなテロを企てたりはせんはずだ。無謀すぎるだろう」
「なら素人の仕業だってのか?」

 クリフが片眉を上げ、困惑気味に問う。アルベルはちらりと彼を見上げた後、再び町中に目線を戻して言った。

「陰でコソコソやる奴らが多いんだよ、この国は。それゆえに物騒で陰湿な強国になったんだ」
「埒があかねえ……」

 額を抑えてうなだれ、クリフは溜息をついた。ネルのことである、立ち止まってよく考えることもしないまま、毒を盛った犯人を捜し、その行動について追求しようとするだろう。もしかしたら今の時点で犯人と対峙し、血祭りに上げているか、あるいは自ら首を括っている可能性もある。それほどネルは自責の念に駆られると暴走してしまう性格なのだ。
 ソフィアは青ざめてアルベルに訊いた。

「でも……犯人を見つけて、理由を聞いて、私たちはどうすればいいんですか?」

 マリアに謝れと言っても、彼女は今ディプロで療養中である。

「シランドを狙った犯人としてシーハーツに差し出すんですか?」
「何もしねえよ」

 アルベルは町中を眺め、苛立った様子で言った。

「せっかく休戦となった二国の間に軋みを生じさせることに他ならん。理由を聞かない限りはっきりとは分からないがな。もし背景にまた別の大きな組織があるとしたら事情は変わってくるが、今のところ大々的にはなっていない事件だ。何よりもまず犯人から聞き出すことが先決だろう。もしネル・ゼルファーがこっちの国の奴に殺されているようなことになっていれば、完全に二国間の調停は覆されるが、今回被害に遭ったのは部外者だからな」
「で、でも、マリアさんだって殺されかけて」
「いや、それは理由はならねえ」

 クリフが悔しげに言う。

「マリアのためにはアーリグリフもシーハーツも動かないぜ」
「そうだ。一番いいのは、何事もなかったようにすることなんだよ」

 そうすれば和平も保たれるというアルベルに、ソフィアは不満げな顔をしたが、二人の言っていることは正しかった。犯人がどういう人物かは未だ分からないが、結果的に被害者はマリアだけで済んだのである。マリアが訴えると言うのなら話は別だが、彼女はそんなことは言い出さない。部外者がどこぞの惑星の二国間に混乱を来すくらいならば、宇宙規模で考えたときには不干渉条約に従っていた方が、まだましである。

「だが、それを乱そうとしているのが、あの女だ」

 舌打ちし、アルベルは不機嫌そうにベンチを拳で小突いた。

「あいつのことだから隠密に訴えて援助を求めたりはしないはずだが、犯人の出方によっては、犯人をシーハーツに突き出すかもしれん。それなりの権力者ゆえに厄介なことにもなる」
「あるいは、自らを責めに責めたネル自身が、自分の首を掻き切るかだな」

 二人の淡々とした口ぶりに、ソフィアはいっそう青ざめた。

「そんな……」
「あいつなら、自分で死ねるさ」

 両腿を両手で押しやって立ち上がり、アルベルは町中を見回した。

「本当は死にたくないと心の中では思いつつも、な……」
「だが、ネルに言わなくちゃいけねえのは」

 町の東西の出入り口を眺めつつ、クリフが言う。

「お前は悪くない、ということだ」
「……ねえ、クリフさん、アルベルさん」

 ソフィアは少し上を見上げ、身体を硬直させた。どうしたとアルベルが尋ねる。

「いたか?」
「ううん、でも」

 あの屋根の上に、とソフィアは指差し、

「誰かいたの。でも、私たちを見たら逃げて……」
「追うぞ」

 言ったと同時、アルベルは砂埃を立てて地を蹴り、民家のバルコニーを踏み台にして屋根の上に昇った。クリフもほぼ同時に飛び上がろうとしていたが、ソフィアがいることに気が付き、ちょっと失礼と身体を持ち上げ、アルベルと同じように地面を蹴った。