次の日、アルベルとソフィアは、アリアスからカルサアへと向かった。朝になってもフェイトたちが戻ってくることはなく、ディプロと通信できる機器も持っていなかったため、昨夜の計画通りにアリアスの宿屋の主人に言付けをしておき、午前中にアリアスを出発した。FD世界からの干渉で外には強力な魔物がうろついており、二人だけで行動するのはいささか不安だったが、アルベルが敵に接触しないルートを選んで進めていってくれたので、戦闘はほとんどなかった。戦闘したとしても、アルベルの攻撃力とソフィアの紋章術で、実際それほど苦労することもなかった。安全のために馬車での移動も考えたが、あいにくアリアスにあった馬車がシランド方面に旅立った後だったので、結局徒歩になってしまったのだ。
カルサアに到着すると、アルベルは昨日一欠片取っておいたマフィンを携え、知り合いの研究者に毒の分析を頼みに行った。その間、ソフィアはカルサアの住民にネルの姿を見なかったかと尋ねて回ったが、目撃者はいないようだった。なかなかアルベルが戻らず、その間に三十人程に聞いて回ったソフィアは疲れてしまい、カルサアの中央にある十字路のベンチにぐったりと腰掛けていた。
しばらく経った後、アルベルが現れ、隣に座った。
「ご友人、どうでしたか?」
ソフィアが訊くと、アルベルは無表情で軽く首を横に振った。
「分析に時間がかかるらしい」
「そうですか……私のスキャナでは反応が出なかったからな。新種なのかも」
「植物の毒であることは違いないが、知り合いも見当がつかないと言っていた。解毒剤ができるかは五分五分だそうだ」
「そっか……」
脚を伸ばし、落胆したように前屈みになるソフィアを横目に、今度はアルベルが尋ねた。
「いたか?」
「あ、いえ……三十人くらいに訊いたんですが、誰も見てないって」
「そうか。当てが外れたかもしれんな……」
口元に手を当て考え込むアルベルだが、ソフィアはアルベルの推測が当たっているだろうと思っていた。ネルの弱みにつけ込むようだが、自分に非があると考えているネルならば、シーハーツ側に行って援助を求めるようなことはしないはずなのだ。
「もしネルさんがシーハーツ領に行っているとしたら、シランドに毒の文献を探しに行ったのかもしれませんね」
「その可能性はあるな。あるいは俺のように解毒剤を依頼しているのかもしれん。もしすでに犯人と対峙しているならばシーハーツ内に留まる可能性が高いが……」
「でも、隠密のネルさんにも分からない毒をシーハーツの人たちが使えるとは思わないし」
「向こうにとって驚異の毒なわけだ。シーハーツの人間が扱っているとは思えん。そもそも、シーハーツの奴らがクリムゾンブレイドを殺して何の得がある。相手がアーリグリフの人間ならば俺を殺そうとしてもあまり疑問視はせんが」
「え?」
思わずソフィアが問い返すと、アルベルはソフィアを一瞥し、何食わぬ顔でひょいと肩をすくめた。
「俺には敵が多いんだよ。とりわけ俺の昇進を妬む同僚や、国内の主位から外されて恨み積もった貴族の」
「それって、アーリグリフの人がアルベルさんを暗殺しようとしたってことにもなるんですか?」
「もし俺を殺すためなら封魔師団に化ける意味が分からん。元敵国の隠密の女が作った菓子を俺が食べると思うか?」
「そ、そっか……」
「俺が食べず、俺以外が口にする。それを読んでいるならアーリグリフの人間がネル・ゼルファーを狙ったと考えるのが妥当だな。方法は感心せんが」
怪訝そうに言いながらアルベルは立ち上がり、ぱんぱんと腰巻きを払うと、ソフィアを見下ろした。
「行くぞ」
「え……」
どこに、とソフィアが戸惑うと、アルベルは町の北西側を見て、その方角を指差す。
「さっきウォルターのじじいの邸に行って、実家の鍵をもらってきた」
「えっ!? アルベルさんって、カルサア出身だったんですか?」
「ああ」
アルベルがさっさと歩き始めてしまったので、ソフィアは慌てて立ち上がり、その後をぱたぱたと追いかけた。アルベルのやや後ろに追いつくと、隣に並ぶことはせずに彼の後方を歩き始める。アルベルがいくらか歩みを遅くしてくれているせいか、コンパスの長い彼を追いかけるのが大変ということはなかった。
埃っぽい茶色けた町並みを横手に眺めながら、ソフィアは言った。
「私、アルベルさんはアーリグリフの城下町の人なんだと思ってました」
「ああ……アーリグリフ城の中にも仕事部屋があるんだ。仕事では大抵アーリグリフに呼ばれるからな、いちいちカルサアには戻ってられん」
「そうなんですか……あ、でも、私がアルベルさんのご実家にお邪魔しても大丈夫なんですか?」
彼の両親が既に他界していることは知っているが、急なことであるし、何だかネルに申し訳ないような気がして尋ねると、アルベルは歩きながら彼女に振り返り、小さく笑った。
「あの女の目撃者がいないんだ、埒があかないだろう。それにカルサアは空気が悪い。長いあいだ外にいると全身が黄色くなるぞ」
「そ、そうなんですか……」
「それに、犯人捜しよりも先にせねばならんのはマリアの解毒だ。もしかしたら身内の方で解決しているかもしれんが、念のためな。
カルサアに来たのも、信用のある知り合いに薬を考えてもらう目的だったし。解毒は時間との勝負だ」
「ネルさんも、もしかしたら解毒法を見つけているかもしれない?」
ソフィアは小さな期待を持ってそう問うたが、アルベルは険しい表情になり、首を傾けた。
「何とも言えんな。仮に見つけていたとしても、青髪たちと合流せねばならん。宇宙船とやらに行ける手段は俺たちにはないから、途方に暮れている可能性もある。
何にせよ解毒法を見つけている可能性は低い。シーハーツ産の毒でなければ、他の国に行かなければならんしな」
「そういえば、サンマイト共和国は? 亜人の人たちの中にも、そういうのに詳しい人がいるかも……」
「考えにくいだろう。そもそも亜人が犯人だとしても隠密に化けるには無理があるし、サンマイトは聖王国シーハーツの前身である古代王国シーフォートの首都だ。サンマイトがシーハーツと対立し合う特別な理由もない。仮に、犯人が毒をサンマイトで入手するにしても、わざわざペターニとサンマイト平原を通過して行くというのは考えにくいしな。アーリグリフにも暗殺兵器はいくらでもある……」
北東の路地に入っていくと、表通りに比べてひっそりとした雰囲気が漂う住宅街になった。アルベルは路地に入って間もなく立ち止まり、他の家と家の間に挟まって建っているような幅の狭い三階建ての家のドアの前で、懐から輪っかに掛けられている数本の鍵を取り出した。
それなりに高い地位にいるアルベルのことだから、シランドにあるネルの邸のように大きな家を思い浮かべたのだが、カルサアの他の家々とあまり変わらぬ外観なので、ソフィアは意外なような、少し安心したような心地になりつつ、彼がドアを開けるのを待った。ドアには二つの錠があり、輪っかにぶら下がっている鍵はなぜか十数個あったので、どれだったか、とアルベルは困惑しながらひとつひとつの鍵を試している。
「久しくここには来ていないが、じじいが掃除に世話人を寄越しているから、中が荒れていることはないと思う……
ちっ、なんであのじじいは別の鍵も一緒くたにすんだよ……」
不満げに鍵合わせをするアルベルを見て苦笑し、ソフィアは大人しく待っていた。じきに二つの鍵が外されると、アルベルはようやくといった様子でドアを開けた。
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