わたくしの一言に、彼は、再び目から先ほどの涙を流し始めました。決して激しくはない、静かな涙のこぼし方でしたが、彼の表情は苦痛と悲嘆に満ち溢れていました。彼は、わたくしの手を振りほどこうと手に力を込めてきましたが、わたくしは逆に彼の手を握り返し、引き寄せて、その身体を抱きしめました。
 「お泣きなさい、その心が悲しいと訴えているのなら」
 わたくしの言葉を否定も肯定もせず、彼は、小さく息を漏らしながら涙を流しました。背中に両手を回して撫でてあげると、彼は、わずかに泣き方を荒くしました。その押し殺すような苦しげな泣き方は、ひどく冷たい悲痛が眠っていることを示していました。わたくしは、ひたすら背中を撫で続けていました。服越しに伝わってくる彼の優しい温もりに、心のどこかで安心していました。ひとつ間違えば失われていたはずの体温なのです。そう思うと、なんだか切なくて嬉しくてたまらないのでした。
 ひとしきり泣いた後、彼は、涙混じりの声を発しました。「僕には」 彼は、耐えられなくなったように、わたくしの背中に腕を回しました。しかし、それは、わたくしを抱きしめているわけではなく、失われてしまったものを再び手入れたいがために回された腕のようでした。「僕には、ネーデに恋人がいたんです」