クリサンセマム   花言葉は「あなたを愛している、誠実、私を信じてください」





 武人ひしめくブラス城には、一年に一回大きな祝日がある。戦いの女神ロアにちなんだ“聖ロアの休日”だ。
 これは公的な祝日ではなく、かつてこの地でゼクセン騎士団が結成された際、騎士たちの士気を保つためにはこういった特別な日が必要であろうと考えたらしい人間が、勝手に取り決めた騎士団の安息日だった。安息といっても、ゼクセンの民の盾たる国軍が祝日に自衛活動を停止することはよろしくないため、結局は当番制で休みを得ることになっている。
 六騎士も三人ずつ休むことになり、前半はボルス、パーシヴァル、サロメ、後半はクリス、レオ、ロランといった形になった。レオとロランがビュッデヒュッケ方面に遠乗りに行きついでに飲んだり食べたり遊んでくるという話を聞き、クリスは迷わず飛びついた。私も連れて行けと。
 レオは「もちろんですとも」と朗らかに笑っている一方、ロランは無言で戸惑っている様子だった。なぜだろうとクリスは不思議に思ったものの、あえて追求はしなかった。
 自分たちの安息日の前日夜のことだ。ロランが、サロメと三人の寝酒の席の際、ためらいがちに口を開いたのだが、どうやら彼は最近エルフのネイとゼクセの街で遭遇していたらしい。
 そのとき彼女と一緒に茶をしたことを、そういった思い出話をするにはいささか真剣すぎるのではないかと思うほどロランは真面目に告白した。
 なんでそんなことを話すだけで恐い顔をしているのだとクリスは頭の上にクエスチョンマークを浮かべていたが、年の功サロメは理由が分かったようで、しきりに首をひねっているクリスではなく、なぜかロランの方をフォローした。クリス様はたぶんそういったことを過剰に気になさる方ではありません、と。だが、ロランは相変わらず深刻そうにしてうつむいていた。
 彼の態度もサロメの説明もてんで意味が分からず、クリスは訳を訊こうとしたが、サロメも同じくきりりとした真剣な顔でクリスを振り返り「ロラン殿は変わらずあなたを愛してらっしゃいます」というあさってな回答。
 顔を赤くして意味不明だとわめいたものの、二人が堅く口を閉ざしてしまい、それ以上この件について話すことはなく、騎士団長の理解が深まることもなかった。





 昼前、馬に乗った三人は揃ってビュッデヒュッケに着いた。
 馬を預けるとレオは早速酒場へと向かった。休日ということで昼間からたらふく食って飲んだくれたいと出発時から意気込んでいて、ロランとクリスに彼を止める理由も無かったため巨体がるんるんと跳ねていくのを和やかに見送った。
 隣に佇むロランをちらりと見上げ、ロランはレオと一緒に行かないのかなと考えていると、視線に気付いた彼がクリスを見下ろす。

「私は図書館に行きます」

 本のたくさんあるところと聞き、クリスには、どちらかというとネガティブな感情が芽生えた。体育会系に属する自分はあまり本が好きではないのだ。
 しかし、ここで私は別行動にすると言ってしまえば、下手すると帰り際まで彼と会えないかもしれない。借りるだけなら早いだろうが、いつ来られるか分からないビュッデヒュッケの本を持ち出すのはいささか不便だろう。もし館内で本を読んで済ませるのだとしたら数時間はかかるはずだ。

「私も行こうかな……アイクさんたちにも会いたいし」

 あえて別の目的を挙げてみる。ロランは、では参りましょうかと疑いもせず頷いて歩を進めた。
 本は苦手だが、図書館に行ったからと言って必ず読まなければいけない代物でもない。アイクやアーニーに久々に会って話をしてみるのもいいかもしれない。何かを調べるにしても、自分で読解するよりは博識な彼らから口で説明してもらった方が、面倒くさがりなクリスには理解が早いのだ。