騎士団長のワンピース姿お披露目という噂が広がるのは勘弁してくれ、後生だ、とサロメに訴えていたこともあり、仕立て屋が来る当日も、クリスがその日マネキン人形にされることは騎士たちにばれずに済んでいた。ただ、サロメが悪知恵を働かせてロランに情報を漏らしていたと前日寝酒の席で知ったときには、さすがに軍師の頭を引っぱたいた。ふざけるなと喚くクリスを無視し、もしよろしければロラン殿もご同席をと言われて「もちろんです」と真顔で頷く弓使いの会話を目にし、クリスはあまりの羞恥で本当に泣き出してしまった。慌てふためく二人を蹴飛ばして追い出した翌日の昼頃、大きな箱を抱えた服屋の店主がクリスの部屋を訪れたのである。
 騎士たちにばれるとまずいから、できるだけ控えめに来いと言ったのだが、明らかに女性用の服だと分かる紙箱をいくつも抱えて持って来られては、城中の注目を浴びるのは避けられなかっただろうと、てきぱき準備をし始める店主を見ながらクリスは絶望した。
 ルイスが茶でもどうかと進めたものの、尋常でなく張り切っている貴婦人は「ありがたいけれど結構ですわ」と丁重に断った。

「ああ! なんと光栄なことでしょう、憧れのクリス様に私の仕立てた服を着ていただけるなんて」
「いつもあなたの作った仕事着を着てるだろうが」

 完全にふてくされ、ソファに座って脚を組む。隣に座っているサロメに「やめなさい」と膝を叩かれた。
 ロランもなぜかクリスの部屋にいて、ソファの近くに佇み、せわしなく手元を動かす店主の様子を無表情で眺めている。
 彼の姿を見上げながら、なぜ現場にこの男も同席しなければならなんのだとクリスは居たたまれない気持ちになった。できることなら彼には着替えた自分など見られたくない。女性らしい服はあまり似合わないだろうし、そもそも彼は騎士としてのクリスが好きなのだから、普段から見慣れている騎士の格好でいる方がましだと思った。

「さ、男性陣は出て行ってください。侍女さんたち、お手伝いをよろしくね」

 店主の有無を言わさぬ迫力に気圧され、壁際で立ち往生していた侍女二人が慌てて駆け寄ってくる。サロメは立ち上がり、ロランとルイスを誘って部屋の外へ出て行った。
 どうして行ってしまうんだ……と唇を噛んでいると、クリス様!と促すというよりは脅迫に近い調子で店主に呼びかけられ、はいっとソファから立ち上がる。店主はぎらぎらした目でクリスを見据え、声高らかに言った。

「見てくださいまし! 私が以前、クリス様のお身体を測らせていただいて作り上げたものですわ」

 その場にしゃがみ込み、前に置いてある蓋の開いた箱から仕立てた服をずるりと引っ張り出して、ほら!とクリスに掲げてみせた。
 貴婦人の仕立て上げた衣装を目撃したクリスは固まった。
 想像していたワンピースとは違う。

「あら? 確か私はワンピースって」
「そうよね?」

 近くに控えている侍女二人が寄り添って、ひそひそと怪訝そうに話しているのが視界に入るが、それに加勢しようとしてもクリスは硬直してしまった身体を動かすことができなかった。
 真正面から飛び込んできたのは、真っ白な衣装である。だがそれは、ワンピースと聞けば大抵の人間が想像するであろう、たとえば二本のストラップがある膝丈くらいのワンピースや、あるいは袖ありの春向けワンピースといった代物とはまた一風変わったものだった。
 まず丈が長い。床に着いている。
 そして袖がない。チューブトップだ。
 加えて無駄に装飾が多い。白のシルクで作られた花のアレンジが胸元にいくつも付いている。
 それからスカートのひだが多い。異常なほどに。そのため腰から下のスカートが無駄に横に広がってふんわりしている。
 しまいには、普段着のワンピースにはあまり使われないであろうオーガンジーがスカート部分にたっぷりとあしらわれ、それはそれは優雅で美しい様相を生み出している。これはまさしく実用的でない。

「どうです、クリス様? 美しいでしょう!」

 誇らしげに胸を反らし、貴婦人は意気揚々と言った。クリスはわなわなと手を震わせ、おい……と低い声を出す。

「あの……私は、確かワンピースというお話で」
「ワンピース? ああ、それは中に着るのよ。これはスカートが透けていますからね」
「私はたぶん別の箱に入っていると思われるものこそが今日着るものなのではないかと思うのですが」
「あら、この他の箱の中身は装飾品ですわ。ロンググローブとか髪飾りとかアクセサリとか。これらも全て着けていただきます」

 悪気無く次々と言葉を放つ店主に、今この腰に剣があったらすでに抜いているであろうと蒼白になりながら、クリスは意を決して問うた。

「訊かなくても分かるのですが、それって婚礼衣装ですよね」
「それ以外に何があるって言うの? はい侍女さんたち、お手伝いを!」
「わっ……」

 クリスは剣を持ったつもりで構えを取り、店主を睨み据えた。

「私は着んぞっ。断じて着んからな!」
「取り押さえなさい!」

 まるで騎士団長のごとき威光を放ち、侍女二人をけしかけてクリスを取り押さえる。放せこのやろうとクリスは暴れるが、侍女たちも物珍しい衣装を扱うことに意気込みを感じたのか、かなり本気でソファに押さえつけられた。

「やめろっ!」
「クリス様、暴れないでくださまし!」」
「いやああああああサロメロランルイスたすけて」
「口を塞いで!!」
『はいっ』

 侍女の手に口を覆われ、その後に猿ぐつわのように手ぬぐいを巻きつけられる。必死に唸り声を上げて抵抗するが、店主はクリス以上に強気だった。箱から出したあらゆる美しい部品を両手に抱えてじりじりと近寄ってくるのを見て、女神ロアよ……!と胸中で祈りを掲げ、クリスはぎゅうと目をつむった。