ウインタースイート   花言葉は「先導、先見、慈愛、優しい心」





 その日、だんだんと空が赤く染まり始める時刻に一通りの仕事を終わらせることができたため、ブラス城ですれ違いざまロランに「サロメと一緒に三人で夕食でもどうか」と誘ってみたところ、今日は用事があるときっぱり断られた。
 図々しいことだが拒否されるとは予想しておらず、頭の中で会話の風景を思い浮かべていたクリスへの衝撃は大きかった。無表情で自分を見下ろすロランに「私なにかしたかな」と恐怖すら覚えてしまったほどだ。
 どこかへ行くのかとおそるおそる尋ねると、彼は少し沈黙した後、ゼクセの街にこれから向かうのだと説明した。

「こんな時刻に?」

 今はいいが、帰りは暗いゼクセンの森を通っていかなければならないだろうという意味を含めて首をかしげる。ロランはこっくり頷いた。

「今日中に戻ります」
「そうか。その……お前は、ゼクセの街をあまり好いてはいないと思っていたのだが」

 ブラス城では済まない用事なのかと遠回しに訊いてみる。彼は、ええ、と肯定し、

「花を供えに行きます」

 淡々と言った。
 彼の一言で、これから彼は墓参りに向かうのだとクリスは悟る。
 自分たちはあくまで騎士の身だ。同僚や部下が戦で死ぬのは当然のことだった。ブラス城のみならず、ゼクセン連邦にある町村には、戦場で命を落とした兵士や騎士たちのおびただしい数の墓がある。しかも彼らの上司となると、嫌でも家族を亡くして泣き叫ぶ人々の姿を目の当たりにしなければならない。
 そういうとき、ロランはいつでも冷静だった気がする。クリスは遺族の悲嘆に同調してしまい、かける言葉すら見つからず口を噤んでしまうのだが、ロランは悲しみに暮れる人々を目前にしても普段の調子を崩さず、その兵士がいかに凛々しく戦場を駆けていたかを静かに、確かに述べるのだった。
 そんな彼の沈着さが、クリスにはいつも羨ましかった。

「そうか……誰の?」

 差し支えなければ教えて欲しいと尋ねてみる。

「私の同期です。騎士団の中では比較的仲の良かった男でした」

 同じ弓使いで、年下ではあるがロランと同じく物静かな騎士だったという。先のハルモニアとの戦の最中、敵の弓に脳天を打ち砕かれて亡くなったとのことだ。
 友人が死ぬ瞬間をロランは見ていたと知り、クリスは目を見開いた。

「ロラン……」
「戦場では当然のことです」

 冷たくも思えるほど単調に、彼は言う。悲しみや憂いの色すら宿さない彼の黄金色の瞳を目の当たりにし、この男はどうしてこんなにも心の動揺が少なく、全てを割り切っているのだろうと、クリスにはそれがむしろ痛々しく思えてならなかった。同期だということは付き合いも長かったはずだ。ロランもその男の家族と同じくらい深く悲しんでいるはずなのに。

「ロラン、私も行っていいか……」
「……すでに弔われています。クリス様がわざわざ出向くことは」
「他にも多くの男たちが死んでいる。確かに騎士としての私が花を供えに行けば、全ての武人の墓参りなど不可能ゆえ、その者だけを贔屓することになるだろう。だから私は、お前の知り合いだったという理由で墓に行きたいのだが」

 そのために剣も置いていこうと続ける。ロランは少し困ったようにクリスを見つめていたが、じきにぼそりと「念のため剣は携えてください」と言った。
 部屋に戻って私服に着替えた後、クリスはロランと共に馬に乗ってゼクセへと向かった。