セントジョンズワート   花言葉は「秘密、盲信、恨み、敵意」





※オリジナルキャラクターが登場します
 後々準主要キャラとなります →絵付き詳細





 ゼクセン騎士団の団長クリスは、その地位と存在感からか絶対孤独な人間だと思われがちだが、実は騎士団の中に唯一無二の親友がいる。
 名はサヴァンスト・デンファレ。弁護士の父を持つ貴族の長男であり、クリスに匹敵するほどの美人だが、実は自分自身を女だと思いこんでいる変わった男だった。
 彼の口癖は「神が間違って私を男にした」で、物心ついた頃から自分の性別に違和感があったらしい。そのせいで家族と何度も衝突し、色々あったあげく士官学校に入学させられ、一通りの訓練を受けて騎士の称号を得たものの現在はブラス城で事務職に就いている。
 クリスがサヴァンストと出会ったのは士官学校時代のことだった。騎士を目指す女ということで周りから白い目で見られていたクリスと同い年だったサヴァンストは、自らも女の心を持つ者であるから気持ちが分かるのだと言ってクリスに近づいた。サヴァンストもまた、自分の障害のために周囲からいじめのようなものに遭っていたようだ。
 性別錯誤がある男にクリスは非常に驚いたものの、サヴァンストの聡明でサバサバした性格に惹かれ、授業や休み時間をよく一緒に過ごすようになった。とにかく気が合い、休日も一緒に過ごすほどだったという。
 クリスは天才的な剣技で入学当初から有名だったが、サヴァンストの運動神経もかなりよく、彼の専門は斧槍で、ほっそりとした身体に似合わず怪力で試合相手の武器を弾き落とすのだった。次第に二人は「銀と青の双星」という洒落た名前を付けられるほど有名になった――それでも依然、男たちの視線は冷ややかなものではあったが。
 サヴァンストのさっぱりしつつも思慮深い性格がクリスの気に入っているようで、士官学校を卒業し、道が分かれた今でも二人の交流はある。クリスが多忙になったため会う機会はだいぶ減ってしまったようだが、たまに城の中ですれ違っては楽しそうに話をしているのをロランもしばしば見かけていた。
 ロランがサヴァンストと話す機会は皆無だった。クリスとの付き合いが多くなってから彼の存在を知ったほどであるし、同じ種族でも武器使いでもないので、そもそもあまり興味がなかった。ただ、クリスとサロメと三人で交わす寝酒の席で話題になることがあり、彼がどういう人間であるかということくらいは知っていた。
 なので本日、突然クリスによってサヴァンストに引き合わせられたことにもどうにか対応できたのだが、彼女らの士官学校時代の話による先入観からか、正直なところ訳の分からない男という印象が強く、戸惑った。
 まず、いつもは決まって三人で行うクリスの部屋での寝酒の席に来ている。しかもサロメが不在。
 そしてなぜか女性であるクリスは無防備と言わざるを得ない寝間着姿。それが二点目。
 三点目は、「やあ、ロラン殿」と以前から知り合いだったかのように手を挙げられる。それもにこやかに。
 どちらかというと負の感情を抱いてドアの所で立ちつくしていると、クリスがこっちに来いと手招きをしてきた。今更帰ることもできず、ロランは気を奮い立たせて前へと歩む。

「……失礼します」
「君と話してみたいと思ってたんだ」

 丸テーブルの前に腰掛けている、少し癖のある青髪の男は、色白で顔が小さく、切れ長の妖艶な目が美しかった。服装はシャツとタイ、ズボンの男装だが、目鼻立ちから男というよりは中性的な色合いが強い。
 初めましてと言いながら椅子にのろのろと腰を下ろすと、早速クリスがにこにこ嬉しそうに笑って空のグラスに赤ワインを注いでくれる。

「ありがとう、ございます……」
「こうやって面と向かって話すのは初めてですね」

 口調がいちいち気取っているのが気になるが、どうやら好奇心をもってロランに話しかけてくれているようだ。
 グラスを持ち上げつつ「そうですね」と控えめに答えると、彼はふふっと笑ってテーブルに頬杖をついた。

「君がクリスの心を射止めた男か。職業さながらってところだな」
「……」
「いずれ君は僕に感謝することになりますよ」

 明らかに警戒心を抱いて無言でいるロランなど気にもしないように、得意げにサヴァンストはそんなことを言った。喋り方がまるで詩人のようだ。そしてなぜ年上に対して「君」という二人称を使うのだろうと引っかかったが、仮にもクリスの大事な親友であるし、初対面で口うるさく規律を突きつけるのもさすがに空気が悪くなるだろう、そこは寛大に受け止めることにした。
 感謝するとは何の話だと首をかしげると、斜め前に座っているクリスが顔を赤くして慌て始めた。

「サヴァン! 余計なこと言うなよ」
「ロラン殿。君はご存じないかもしれないが、騎士団長クリス様はそれはもう、たいそう六騎士の弓使い殿を気に懸けていらしてね。けっこう前から相談されていたのですよ、あなたと親しくなるにはどうしたらいいかと」

 クリス様……?とロランは冷ややかな目で銀髪の乙女を見る。クリスは耳まで真っ赤になり、泣き出しそうな顔でぶんぶんと首を振った。

「ち、ちがう、そんな詳しくは話してない」
「嘘言うなよクリス。何の話題で話すきっかけを作ったらいいかから初体験の心構えまで、満遍なく僕に訊いてくれただろ」

 さらりと言われた男の台詞に目眩がした。
 さすがのロランも知らないところで自分のプライベートが漏れていたとなると腹が立ち、飲んでいたワインのグラスをがつんとテーブルに置いてクリスを睨みつけ、帰っても良いですかと低い声で言い放った。クリスは赤い顔を一瞬で青くさせ、見開いた目に涙を溜め始める。しかしロランは構わず両手をテーブルについて腰を上げた。

「失礼します」
「ロ、ロラン! 待ってくれ」
「私がここにいてはお邪魔でしょう」
「まあまあ。君たちは真面目すぎるからいけない。座ってくださいロラン殿。クリスを怯えさせないで欲しい」

 窘める言葉の最後に、ロランは動作を止めた。クリスが自分の片腕を掴んで「行かないでくれ」と必死な様子で訴えている。目は充血していて、睫毛には雫がこぼれていた。
 本当ならば退席したいところだが、考えてみればクリスと同席している人間は男だ。いくら友人同士だからといって、このような深夜に愛する女を別の男と二人きりにはさせておけない。ロランはしぶしぶ上げかけていた腰を元に戻す。
 それでいいといったふうにサヴァンストに頷かれる。それにまた苛立った。

「……サヴァンスト殿はどんな仕事をされているのですか」

 気を鎮めるために、あえて違う話題を振る。サヴァンストはテーブルに肘をつき、組んだ両手を顎の下に置いて、にこりと笑った。

「サヴァンでいいよ」
「……では、サヴァン殿」
「殿もいらない。君の方が先輩だ」

 ならなぜお前は君などという馴れ馴れしい二人称を使うのだと憤慨したが、クリスの耳があるので文句は喉で留め、彼の言うとおりにした。

「……サヴァン。君は何の仕事をしているのですか」
「ここの事務だよ。人事担当さ。主に兵士や騎士たちの異動などを扱っている。だからあんまり僕を敵に回さない方がいいよ」

 なんせブラス城の入り口だからねと気障に言ってくる。図々しさと調子の良さに呆れてしまったが、あえて良く言い換えれば人との境界線を作らない、なかなかパンチの効いた人間なのかもしれない。真面目で堅いタイプが多いゼクセンでは珍しい方だ。ある意味、貴族らしいとも言える。

「それに、僕にはクリスという強ーい後ろ盾があるからね。言っておくけど、君より彼女との付き合いは長いから」
「サヴァンは私のことなら何だって知ってるよな」

 クリスの妙に照れているような、嬉しそうな様子に、ロランの心は複雑だった。確かに自分は士官学校時代のクリスなど知らないし、二人が一体どれほど親密なのかも分からない。ただ、二人の間に流れる空気から、自分にはあまり入り込む余地はなさそうだと感じ取る。本当にこの場にいていいのだろうか。
 ロランのもやついた心境などにはまったく気付かない様子で、クリスはおずおずと続けた。

「昔から私の相談相手だからな。サロメ以上に頼っている部分もある」
「僕が主に聞き役だけどね。ああ、言っておくけど、僕は見た目は男だけど中身は女だよ。昔から自分のことを女だと思っているんだ。神さまが間違って僕を男の身体にしてしまったのさ」

 だから僕がクリスを取るだなんて思わなくていいからと笑うサヴァンストに、ロランは不信の一瞥を投げた。

「……恋愛対象はどちらなのですか?」
「おっと、性急だね。幸い男だよ。ま、女でもいいんだけどね。バイセクシュアルさ」

 それだとますます困るのだがとロランは嘆息した。この男のことは嫌いではないが、さらさらしていてつかみ所が無く、どこか苦手だ。パーシヴァルがもっと砕けたらこんな感じなのかもしれない。隣のクリスはというと脳天気に「お得でいいな」などと言っている。
 普段、威光輝く凛としたクリスを頻繁に見ているぶん、未だプライベートで素に戻った無邪気なクリスには慣れない自分がいた。どちらも好きなのは確かだが、第三者が絡んでくるとクリスの行動を素直に受け止められなくなる。それに、自分の私生活がクリスの口を通じて隣の男に暴露されているというのが一番気に食わなかった。他者に自分のことが知れたり噂になったりすることは、ロランが最も嫌うところだ。

「だから僕は、男の気持ちも女の気持ちもどちらも分かる。どうだい、クリスにうってつけだろ。時に戦士として、時に女性として存在するクリスが僕に頼る根拠はそこにあるのさ」
「そうですか、それは頼もしい」

 うっかり放った言葉に明らかな棘が含まれていた。あまり場の空気を淀ませたくないし、言い直そうとも思ったが、それもそれで気に入らない。そもそもどうして自分がこんなに苛立っているのかもよく分からなかった。
 だが、サヴァンストはくすくすとお気楽に笑っている。

「果たしてロラン殿は知ってるかな? クリスはねえ、いつか君に抱かれることをとっても楽しみにしていたんだよ」

 直球すぎる一言に、ロランはぴしりと固まった。隣でクリスが「嘘だろ!」と顔を紅潮させ悲鳴を上げている。

「やめろよサヴァンっ」
「んん? 感謝して欲しいところなんだけどな。いざそういう雰囲気になったときにどうすればいいかって訊いてきたのはクリスだろ」
「ちょっ、な、なん」
「最中どうしたらいいのかまで丁寧に教えてあげたのに。ふふふ、つくづく可愛いよな、クリスは。
 これがサロメ殿でなく僕で良かっただろ、ロラン卿? サロメ殿には相談できないことを僕が処理するって寸法さ」

 言われ、呆然としている頭の片隅で、それは確かに助かると考えた自分にハッとしてロランは青ざめた。

「すみません……クリス様。私はもうお暇を」
「えっ、も、もう帰るのか!?」
「頭が混乱していまして。ついていけません」

 とにかく平常心を取り戻したく、おろおろしているクリスには悪いが頭を下げて帰ろうとすると、なぜかすかさずサヴァンストが席を立った。クリスと、中途半端に腰を上げていたロランは驚いて彼を見る。
 サヴァンストはにっこりと笑みを浮かべて、テーブルに置いてあった自分の部屋の鍵を取り上げた。

「ロラン殿が出ていく必要はありませんよ。なぜなら今この瞬間お邪魔虫なのは僕の方ですからね。僕は君が来る前にクリスとだべってましたからもう満足です。
 あとはごゆっくり、団長殿、弓使い殿。喧嘩するなり愛し合うなり」

 陽気に言いながら、サヴァンストは廊下に出る直前こちらを振り返り、

「念のため宣言しておきますが、僕は一言も嘘なんてついてませんから」

 いたずらっぽく言い、部屋のドアを開けて颯爽と出て行った。