ボウルサム   花言葉は「私に触れないで、心を開く」





 六騎士の中には士官学校の講師を務めている者がいる――それはサロメとロランだった。
 サロメは軍事法や戦術など戦争において実践を目的とした部分を、ロランはゼクセン連邦における民事法や刑事法など概論的な部分を取り扱っている。もちろん国軍をつくる目的で設立された士官学校には多数の教師がおり、正当な国家試験を受けて合格した者が採用され未来の騎士たちを育成していくわけだが、その中で六騎士の二人は特別講師として無償で授業を受け持っていた。他の六騎士たちに対しても講師になってくれないかと学校からの依頼があったが、パーシヴァルは、自分はそういったものに向いていないと言って断り、ボルスとレオは、そもそも講義よりも実践の方が得意だといって遠回しに拒絶した。どちらかというとインテリの部類に属するサロメとロランが、六騎士としてのプライドとゼクセンへの忠誠心も相まって、快く士官学校の願いを聞き入れたというわけだ。
 クリスは、士官学校にOBとして出向くことはあるものの、ゼクセンの英雄として色合いが強くなった今、あまり校内を歩かれると生徒たちが騒ぎ始めるので、どちらかというと学校から敬遠されているようだった。顔を見せる機会があるとすれば、入学式と卒業式の挨拶程度である。
 ロランの授業が今日の午前にあるということと、授業が終わった後には昼食のためブラス城にいると前もって聞き出していたクリスは、自分の昼食を早めに終えると下に降りて食堂へと向かった。昼食時の食堂は腹を空かせた兵士たちで大混雑しており、サロメから「休み時間に兵士や騎士たちが緊張するのは困る」ため、なるべく顔を見せるなと言われていたのだが、ロランのみならず他の騎士たちの様子を見たいこともあり、クリスはかまわず兵装で城の廊下を歩いた。訓練や仕事をいったん中断した兵士や騎士たちは廊下で雑談などしており、クリスの姿を見ると慌てたように敬礼してきて、やはり彼らに気の毒だったかなと気まずくなってしまったが、とりあえず食堂まで行って落ち着いてしまえばこっちのものであろうと都合良く考え、食堂のドアを意気揚々として開けた。
 中は、かなりの熱気で包まれていた。厨房が隣接しているため火の熱が逃げ切れず、更に男たちが並んで座っている木製の長テーブルには大量のおかずが鎮座している。加えて汗にまみれた男たちの集合とあっては、外気との差がこれほどあるのも無理はないだろう。
 クリスの姿を見て、ドアの近くにいた男たちは口に食べ物を詰めたままどよめきだったが、必要ないと合図すると上げかけた腰を戻した。本当にいいのだろうかと不安げな目をしている彼らに、気にするなと微笑みかけてやる。彼らはホッとしたように食事を再開した。
 ロランはどこにいるかなと目で探す。その間にも、クリスの姿を認めた男たちは驚いた顔をしていたが、いちいちにこりと微笑んでやるとそれ以上何もしてはこなかった。今はクリスよりも昼食の方が大事だというのが彼らの本音なのだ。
 ふと、ロランとレオが座っている後ろ姿が奥の方のテーブルに見えた。しめしめと近づいてみる。ロランの斜め前には食べ終わった空の皿と、その手前には先ほどの授業に使ったらしい教科書、レオの前には人ひとりが食べるとは到底思えない量の皿が積み重なっていた。
 話しかけることはせず、クリス彼らの背中を数歩後ろから見つめていた。人々の声が飛び交っているためかなりの雑音があったが、それでもかろうじて二人の会話が聞こえてくる距離である。
 ロランはテーブルに頬杖をつき、未だ食べ続けているレオの手元を眺めているようだった。

「最近、クリス様とお前の仲がいいんじゃないかとパーシヴァルが訝しがっていたぞ」

 何かを食べながらの声はレオのものだ。口にものを入れた状態で喋るなと突っ込みたくなったが、それよりも話の内容に興味を引かれてクリスは離れたまま彼らの様子を窺った。

「おれはあまり関心が無いんだが、面倒事は起こすなよ。あの方は全員の高嶺の花なんだからな」

 食べ終えた骨付き肉の骨を空の皿の上にぽいと投げている。積み重なっている量から見て、すでに十数本目かと思われた。
 レオの言葉にロランは頬杖をやめ、無意味に左に置いてある教科書の表紙を撫でたりしていたが、じきに口を開いた。

「俺も、そうであって欲しいと思うのです」

 いつもと一人称の違う、彼の淡々とした口調と言葉に、クリスの身体がこわばった。好奇心のために口元に浮かべていた笑みは、おそらく今の一瞬で消えてしまっただろう。
 ロランは、クリスの気配にはまったく気付かないままで続けた。

「俺にとって崇敬の対象ですから、あの方は」

 背筋に悪寒が走る。

「今まで、ずっとそういう存在だった。今さらそう簡単に覆ると思いますか?」

 鳥肌が立ち、目の前が暗くなる。ガントレットをしているクリスの手がぎゅうと握りしめられた。
 自分がもっとも嫌う言葉を、彼は当然のような口調で言い放っている。前々からロランが異常なまでにゼクセン騎士団に愛着を持っていることは分かっていたが、いざ耳にすると感心するというより嫌悪感を抱いた。彼がゼクセンを愛すること自体は問題ではない、問題ではないが――

「ま、そうだろうな。一緒に買い物に行ったのもクリス様に誘われたからだろ? まさかお前から誘うわけがない。パーシヴァルが何か勘違いしてるんじゃないかと思ったわ」
「ボルス卿含め、あの方たちを敵に回すのは厄介ですから」
「はは、その通りだ」

 レオの皿に新たな骨が積まれる。

「おれたちこそ近いが、おれたちにも遠いからな、クリス様は」

 クリスはとっさに踵を返して来た道を戻った。兵士たちが、一体クリス様は何をしていたんだ?と疑問そうにしている。それらを全て無視し、食堂の扉を思い切り開けて廊下に出た。食堂に入ろうとしていた兵士が驚いた様子で飛び退き、廊下にいる男たちはクリスのためにさっと道を空けた。
 クリスは謝罪も礼も言わずに自室へと戻った。