akam Threshold 2026.10.12

自分の二次創作中の赤安について学習させたAIに、プロットに対して執筆作業において下地のみを任せ、私が更に加筆修正等の細かな編集を行っています。無断転載等はおやめください。





「赤井が、風見を裏切ったり、故意に傷つけたりすることはない」

 深夜零時を回った庁舎の資料室で、降谷はごく自然な口調でそう言った。
 風見は思わず、手にしていたファイルから顔を上げた。資料室には二人のほか誰もいない。日中であれば書類を探す職員が頻繁に出入りする場所も、この時間になると、別の建物のように静かだった。壁際には灰色のスチール書架が隙間なく並び、年度と分類番号の記された分厚いファイルが背表紙を揃えている。天井の蛍光灯はいくつか落とされており、点いている照明も白々しく、長い書架の奥へ行くにつれて床に薄い影を落としていた。窓は小さく、ブラインドが下ろされているため外の様子はほとんど分からない。ただ隙間から、向かいの棟の非常灯だけがぼんやり見えている。
 今夜二人がここにいるのは、数年前の共同捜査に関する紙媒体の原本を確認する必要が生じたためだった。電子化された記録だけでは、一部の押印と手書きの追記が確認できない。そのうえ翌朝には別部署へ照会を返さなければならず、結局こんな時間まで残ることになった。降谷は長机の一角にいくつもの資料を広げ、風見は必要なファイルを棚から抜き出しては、その横へ積み上げていた。

 その作業の途中で、どうして赤井の話になったのだったか。
 正確には、風見のほうから口にしたのだ。
 赤井がこちらをどう見ているかなど、自分には関係がない。自分を信用していなくても構わない。むしろ、こちら側に属する人間として、何か疑っていることがあっても不思議ではない。自分だって赤井を全面的に信頼しているわけではないのだから、彼も同じであって当然だ――そんな話をした。
 それは半ば事実で、半ば予防線だった。
 風見は赤井秀一という男を、以前よりは信用している。降谷のそばにいる人間としても、捜査官としても、その判断力や誠実さを認めている。しかし、それと無条件に信じることは別だった。所属も立場も違う。守るものも、命令系統も、最終的に従うべき国家すら異なる。いざというとき、何を優先するかなど分からない。だからこそ、「彼も自分を疑っているかもしれない」と考えておくくらいがちょうどいいと思っていた。
 その言葉への返答が、今の降谷の一言だった。

「……なぜですか」

 風見はしばらくしてから尋ねた。
 驚いたのは、降谷が赤井を信用していることそのものではない。二人が現在どのような関係にあるかを考えれば、それ自体はもう意外ではなかった。
 だが、「赤井が風見を傷つけることはない」と断定したことが引っかかった。
 降谷はすぐには答えなかった。口元に、ごく薄い笑みだけを残している。
 その視線が、ふと風見から離れた。書架と書架の間を抜け、その向こう、入口脇の壁へ向かう。そこには直径二十センチほどの安っぽい丸時計が掛かっていた。白い文字盤に黒い針。秒針だけが赤く、一定の間隔で小さな音を立てながら進んでいる。
 零時十四分。
 降谷は何かを確かめるようにしばらく時計を眺めていたが、風見には、その時刻に何か意味があるようには思えなかった。ただ考えていただけなのかもしれない。あるいは、言葉を選んでいたのか。
 やがて降谷は視線を机へ戻し、開いた資料の端を指先で軽く整えた。

「それは、赤井が知っているからだ」
「何をですか」
「僕が、唯一あいつを嫌いになるとしたら、それが何かを」

 意味がよく分からなかった。風見は眉を寄せる。
 降谷はそれ以上説明せず、書類へ視線を落とした。まるで今ので十分だと思っているようだった。
 風見は少し待った。
 空調は夜間運転に切り替わっていて、室内は昼間より少し冷えていた。古い紙とインク、金属製の棚の乾いた匂いが混ざっている。

「……それは、何ですか」

 風見はもう一度尋ねたが、降谷が答えてくれるとは限らない。むしろ、普段ならここから先は自分で考えろと言われても不思議ではなかった。
 降谷は顔を上げた。先ほどより少しだけ笑っているように見えた。

「それは、僕の仲間を、故意に傷つけられたときだ」

 風見は黙った。
 一瞬、それだけなら理解できる気もした。
 降谷は仲間を大切にする。部下であれ、同僚であれ、協力者であれ、一度自分の側にいると認めた人間については驚くほど深く責任を負う。そこを意図して傷つけられれば、相手が誰であっても許さないだろう。
 しかし、それがなぜ赤井と自分の話につながるのか。
 考えているうちに、降谷が続けた。

「特に風見、おまえについて」

 風見は顔を上げた。
 今度は驚いたというより、すぐにはその言葉を信用できなかった。

「……それはつまり、仲間が、ということですよね」
「そうだ」
「ですが」

 風見は言葉を選んだ。

「ですが、赤井さんがこちら側の人間を故意に傷つけるというのは、降谷さんの視点から見ても、そもそも考えにくいのではありませんか」

 降谷は素直に頷いた。

「そうだろうな」

 それから少し考え、机の上で組んでいた指をほどいた。

「赤井がもし僕たちの側を傷つけることがあるとしたら、それにはたぶん、理由がある」
「理由」
「ああ。ほかに選択肢がなかったとか、誰かを守るためだったとか。あいつなりに、そうするしかないと判断したときだ」

 風見にも、それはよく分かった。赤井秀一という男は、面白半分に人を傷つけることはしない。個人的な悪意から誰かを陥れる姿も想像しにくい。
 何かをするなら、理由がある。しかも、その理由はおそらく聞けば理解できる類のものなのだろう。

「きっと、そうでしょうね」

 風見は頷いた。降谷も小さく笑った。

「それでも僕は、赤井を許さないだろう」

 柔らかい声だった。怒りを語っているようには聞こえない。むしろ、すでに起きてしまった未来を静かに想像しているような口調だった。
 風見は返事をせず、降谷を見る。

「理由があることは分かる。やむを得なかったことも、おそらく理解するだろう。赤井が正しい判断をしたことだって認められるかもしれない」

 降谷はそこで少し間を置いた。

「でも、『やむを得ず僕の仲間を傷つける』という選択肢が赤井の中にあると分かったら、僕はもうあいつを今までと同じようには信用できない」

 風見は、胸の奥にごく小さな違和感が生まれるのを感じた。
 理屈としては分かる。だが、それはずいぶん厳しい。赤井自身に悪意がなくても。降谷自身が、その選択を正しかったと理解してさえ駄目なのだという。

「それは……」

 風見は少し迷ってから尋ねた。

「おふたりが、恋人関係でいられなくなる、ということですか」

 降谷はすぐには答えなかった。先ほどと同じように考えているようだったが、今度は時計を見なかった。

「以前のようには、ならないだろう」

 静かな答えだった。

「別れるかどうか、という話ではないよ。たぶんもっと、その前の問題だ」

 降谷は視線を落とした。
 机の上には、黒い文字が規則正しく並んだ書類がある。その一枚を見ているようでいて、実際には何も読んでいないように風見には見えた。

「疑心がある以上、僕はもう心からあいつを愛することはできなくなる」

 風見は何も言わなかった。

「少なくとも、自分にそれを許せなくなるだろう」
「……それ、とは」
「僕が赤井を恋い慕うことを、僕自身が許せなくなる、ということだ」

 その言葉を聞いたとき、風見はようやく、降谷が話しているものの複雑さに触れた気がした。
 赤井を嫌いになる。だから愛せなくなるのではない。
 おそらく逆なのだ。
 愛しているからこそ、その相手が自分の大切なものを故意に傷つけたとき、その愛情を持ち続ける自分自身に耐えられなくなる。
 理由を理解しても、相手を憎みきれなくても、まだ好きだったとしても、その気持ちを肯定することだけができなくなる。
 風見には、簡単に想像できる感情ではなかった。好きなら好きでいればいい、と言うこともできる。許せないなら離れればいい、と言うこともできる。
 だが降谷の中では、その二つはそんなふうに単純には分かれていないのだろう。

 降谷は笑んでいた。
 悲しそうでもない。苦しそうでもない。ただ、自分の中にある境界線を確認しているような笑みだった。

「そして赤井は、それを知っている」

 風見は降谷を見る。

「僕がそうなることを、あいつは知っている」

 降谷はそこで初めて、まっすぐ風見を見た。

「だから赤井は、僕を裏切らないために、おまえを傷つけることはないんだよ、風見」

 風見は返す言葉を見つけられなかった。
 風見という人間を傷つけないのは、風見が赤井に信頼されているからではない。自分自身が重要だから、という単純な話でもない。
 降谷が風見を仲間として大切にしている。赤井はそのことを知っている。
 そして、降谷が何をされたら赤井への愛を失うのか――正確には、愛する自分を許せなくなるのか――そこまでを理解している。
 だから赤井は風見を傷つけない。

 風見は黙っていた。
 資料室の時計だけが動いている。白く冷たい明かりの下で、長机に積まれたファイルの影が重なっていた。閉ざされたブラインドの向こうには、夜の庁舎がある。誰も歩いていない廊下。消えた照明。明朝になればまた人が行き交い、今夜ここで交わされた話など知らないまま、同じ棚から同じ資料を引き出していく。

 降谷はもう話を終えたらしく、先ほどの書類へ目を戻していた。横顔はいつもの降谷零だった。冷静で、整っていて、何を考えているのか簡単には読ませない。
 だが風見には、その横顔の向こうにもう一人の男がいるような気がした。
 赤井秀一。
 彼は今ここにはいない。
 それなのに、降谷がどう考えるかを知っている。そして降谷もまた、赤井が何を選び、どこまでなら選ばないかを知っている。

 どこまで彼らは、互いを読み合っているのだろう。
 風見はふと思った。
 彼らは向かい合わせに置かれた二枚の鏡のようだった。
 一方の中にもう一方が映り、その中にまた一方が映る。どこまで辿っても終わりが見えない。相手を見ているのか、自分の中にある相手を見ているのか、それすら判然としなくなるほど深く。
 風見には、その奥まで見ることはできない。ただ、その二枚の鏡のあいだに、自分の姿までなぜか小さく映り込んでいる。
 そのことだけが、妙に不思議だった。