マリアは、リーベルの瞳が好きだった。
 暗がりでも分かる幻想的な虹彩が、枕元の明かりに照らされて、まるで星のごとく輝くときがある。黄金色のような、黄緑色のような、なんとも形容しがたい不思議な色の瞳だった。二つの腕に抱かれながら、ベッドの上での性行為などさておいて、その瞳の美しさにただただ見とれている。食い入るように見つめるものだから、少し前からマリアの視線を受け止め続けているリーベルは苦笑しながら言うのだった。

「マリアさん、どうしましたか」

 どうしましたか、という問いに対する答えをリーベルもまた知っているだろう、恋人は、恋人の瞳を真摯に眺めているのだ。瞳が好きで仕方がないと、以前から繰り返しマリアはリーベルに告げていた。自身の目など鏡を見なければ意識することはないので、リーベルは純粋に困っているようだった。なら、オレはこの瞳をもって生まれてきてよかったです。それが彼のする精いっぱいの返しだった。
 困惑気味の恋人に、マリアはにこりと笑む。

「素敵ね、あなたの瞳。きらめく金箔が散りばめられているようだわ」
「はあ」
「私、得意になるのよ、あなたの瞳が綺麗だから。私のものにしたいわ」

 言ってから、ああ、あなたはもう私のものだったわね、と覆いかぶさるリーベルの首を両腕で引き寄せる。恋人の言葉とその行為が嬉しかったのか、男はマリアの首筋に顔をうずめて、ゆっくりと肌に唇を這わせた。
 マリアはさらさらした髪を頬に感じながら天井を見つめた。

「あなたがあんまり私のことを好きでいるから、私、なんだかおかしくなってしまった気がするわ」

 呟き、目を閉じる。すると、うん?という声が間近に聞こえた。

「それは、どういう意味ですか」
「深い意味はないわよ」

 男を不安にさせないように、片手で頭を優しく撫でてやる。

「あなたが私を愛しすぎるから、私もあなたがいなくなったら生きていけないようになってしまったの。私、そういう人間じゃなかったのよ。独りでもきちんと立っていなければと昔からずっと思い続けていたのだから。強くありたかったのよ、人に頼らなくても生きていけるように」
「……」
「でも、孤独であることは愛を知る手段であると、何かの記事で読んだわ。私は自分のことを独りぼっちな人間だと心の奥では思っていたのかもしれない。どんなに周りが私を支えてくれていてもね。だからリーベルが私のことを深く愛してくれていると知ったとき、私は孤独であったからこそ孤独でなくなったのかもしれないわ。そうすると、私は人に頼れるようになった。強くある必要がなくなった。独りで立つ必要がなくなった」
「……それは、あなたにとってマイナスではないんですか」

 暗い声が聞こえてきて、マリアは瞼を上げて再び天井を眺め、男の髪を撫でる仕草はそのままに微笑んだ。

「孤独であること、ないことに正負なんてないわ。孤独なんて所詮、個人の主観に過ぎないでしょ。私はこれでいいと思っているの。だからあなたにも私が必要であってほしいのよ」

 シーツに両手をついて、ゆるゆると身を起こしたリーベルを見る。彼は無表情でマリアを眺めていた。目を縁取る暗い黄金色の睫毛もまた実に綺麗だと、マリアは男の美しさにますます高揚感を抱いた。
 どこか怪訝そうにしているリーベルに手を伸ばすと、彼はその手を取って、目を伏せながら掌に口づけをした。

「オレにマリアさんが必要なことなんて自明の理じゃないですか。そんなこと今更聞かないでください。生きていけないです、あなたが死んだら。意味がないです、あなたのいない世界なんて」
「私も同じよ」

 至極穏やかにマリアは告げた。心は、すがすがしいほど平静だった。

「私もあなたがいなくなったら生きていけないの。あなたの愛を失ったら、私の心は孤独を通り越して崩壊してしまうでしょう。誰かは私を弱くなったと感じて軽蔑するかもしれないわね。いつだって凛と立っていて、毅然としていて、深く愛する人が死んでも悲しみを超えて強く生き続けるはずのマリアなのにって。
 冗談じゃないわ」

 今度は両手をリーベルの頬に添え、引き寄せて、額と額を合わせる。心から愛おしむ美しい瞳が迫って、マリアはただ幸せだった。ひたすらに幸せな笑みを浮かべていた。

「愛する人と共に死ぬことが弱さなわけないわ」

 男の口角に口づけて、その唇にぬるりと舌を這わす。薄く開いた口の中に舌を差し込み、歯を少しなぞって、離す。

「ねえリーベル。
 この口で、あなたの瞳を食べてしまいたいの」

 そうしたらあなたの瞳は永遠に私のものになるじゃない。
 恋人の無邪気な言葉に、リーベルは苦笑して、マリアの髪を優しく撫でた。

「瞳を失ったら、あなたの姿が見えなくなる。できれば片目は残してくださいね」

 冗談めいて言う恋人に、マリアはくすくすと笑った。