それはまるで背徳なのだ。
 だからこそ、こんなにものめり込むのだ、心も身体も。
 手に入れた後でも手の届かない崇敬すべき存在だからこそ、今自分がここで彼女の中に入り込み、犯している事実に心震える。
 抱くのは、マリアと言う名の途方もない恍惚感だった、いつも。

 マリアさんかわいいです。そう囁くように告げると、照れるのか顔をふいとそむける。枕元にある温かみを帯びた光が、その白い首筋を浮かび上がらせる。暗がりでも肌が紅潮していることがよく分かって、リーベルは、己の言動が彼女の羞恥心をあおることに満足するのだった。首筋を見せるのは、ここに口づけをしなさいと言っているのだ、そう勝手に解釈しながら、跡がつかない程度の力で吸い上げると、震えた甘い声がかすかに漏れ、興奮して、無意識に細い四肢を手のひらで撫で回してしまう。するとますますマリアは背をのけぞらせ、もっとしなさいと言うように首や可愛らしい乳房を突き出すのだ――これもまた勝手な解釈だが。
 乳房に顔をずらし、むさぼるようにそのふくらみを舐め、先端を吸い上げ、片手で下から揉みしだく。もう片方の手は太腿を上下に滑り、時おり下腹部を執拗に撫でる。少し抵抗するような声が聞こえてくるが、どれも嬌声には違いない。腰が求めるように動き始めるのを見て、もっとよがってほしい、もっと求めてほしいと考えると、頭の奥が痺れるようになって、思考がぼんやりする。リーベル、と名を呼ぶ女の声がする。なんですかと返す。自分から呼びかけたくせに返事はない。もうほしいんですかと訊く。もう? まだ全然、これからなのにね。

「マリアさん」

 呼びかけながら少し身を起こすと、青い瞳が自分を見た。顔は上気して、そこはかとなく妖しい。リーベルは自分の口角が唾液で濡れているのを感じながら、それを拭わずにいた。

「なんだか、すごく背徳的で、興奮するんです」

 なぜだろう。普段から感じているそのことを口に出すつもりはなかったのだが、特に抵抗もなくリーベルは呟いた。暗がりの中で荒い吐息を漏らす恋人の姿に、むしろどこか冷静になっていたのかもしれない。
 マリアは、え?とよく聞き取れなかったというふうに返した。

「どういうこと」
「うん? だからね、この状況がすごく背徳的だなって思うんですよ」

 仰向けでいるマリアの両脚をぐいと引き寄せる。男の前で広げられてバランスを崩し、きゃっと小さな悲鳴が上がった。
 マリアは両手をついて身を起こし、男を睨んだ。

「何よ」
「あなたはオレの尊敬する人だというのは前から言っているじゃないですか、何度も。それはこういうふうに恋人同士になった後もそうなんですけど、そうするとね、まるで自分が悪者になってあなたを抱いている気がしてきて、興奮するんです」

 言いながら、濡れた入り口に指を這わす。あう……と甘ったるい声が漏れて、リーベルは満足して笑みを浮かべた。口から伝った唾液が顎から垂れる。それはマリアの腹の上に落ちた。

「清らかなものなんです、あなたは、きっと、オレにとって。清いものを汚すのって興奮しますね」
「なにそれ……変態みたいだわ」

 脚を広げ、うごめく男の指を感じながら恋人を咎める女の姿は、ただ誘っているとしか思えない。

「こうやって、あなたの身体が欲望に負けていくのも興奮する」

 指を奥まで差し込むと、マリアはのけぞって呻き声を上げた。上を向いて長く見えるその首は細くて、自分が両手を使って少し力を込めれば折れてしまいそうだった。実際にその力を持っている自分には簡単なことだが、それは彼女の死を意味する。無惨に折れ曲がった首、シーツに散らばった青い髪、何も映さなくなった虚ろな目。殺された恋人を想像すれば死にたくなるくせに、自分にはそれができるという可能性を持っていること自体に優越感を抱く。

「こうやって、オレだけしか知らない身体になっていくのも」

 もし別の男がマリアの身体を知ったりしたら、それこそ妄想するように細い首に手をかけるだろう。そのときの自分に躊躇など無いかもしれない。むろん彼女を殺したら自分も即座に頭を撃って死ぬのだが、互いの死を思い描くたびに、ぞくぞくと背中に妙な痺れが走る。不幸など決して望んでいないのに、愛し合う二人の背後にある別離という不安のせいで、おぞましい死を考えずにはいられない。あなたを殺して自分も死ぬ。そのありがちな言葉は、二人の間では実現するかもしれない。

「興奮するんです」

 マリアの髪の毛をぐいと手前に引っ張って顔を向けさせ、口の中を舌でかき回す。息苦しそうな女の声に、自身が張りつめていくのが分かる。まるで本当に変態みたいだ、マリアを苦しませたくないと常々願っていながら、自分のせいで苦しむ彼女にどこか快楽を覚えている。

「あなたには永遠に清らかでいてほしい。そして清らかなあなたをオレは汚し続けたい」

 口づけをやめて素早く先端を挿し込むとマリアは何とも言えない嬌声を上げた。普段は合図をしてから入れるので驚いたのだろう、リーベルは謝らなかったが、マリアもまたいつもより強引な恋人に激しく興奮したらしく、早くして、と口づけであふれた唾液で胸元を濡らしながら腰を突き出して求めた。
 いいですよと、やはり言葉にはせず、同じく下半身を差し出して深く挿す。圧迫感のためか、またのけぞろうとしたので、リーベルはそうさせないように片手で髪を引っ張った。表情を見たかったし、痛いだろうが、かまわなかった。眉間を寄せ、目を伏せながら、だらしなく唾液を垂らした惚けた顔が見える。
 満足する。
 恍惚で指先まで満たされる。
 それがこの先も続く。永遠に続く。

「清らかさと汚れが混ざりあう中で、あなたと一つになっていたい。
 あなたを食べたい」

 彼女もまた言うのだ、“互いを食べたら本当に一つになれるのにね”。薄暗い部屋で、まるで眠る前のおとぎ話を読むように、長い睫毛で顔に影を作りながら微笑んで呟くマリアは本当に美しかった。
 それは半分二人の冗談で、半分二人の本気だった。

「この背徳感で興奮していたい、この先も」

 もはや己は彼女に完全に支配されている。だから、自分もまた彼女を支配する。
 支配と依存の関係。それでいい。
 四肢の先にある可愛い二十枚の爪も、流水のようにつややかな青い髪の毛の一本も、白い身体から溢れ出る体液まで、すべて自分のものだと主張したい。
 誰にでもない、自分たち以外のすべてに、二人は二人の世界でしか生きていないと宣言したい。
 宇宙の暗黒の中で、二人の邪魔をしないでと叫び続けたい。

「あなたは、オレのもの。
 ね、マリアさん」

 サファイアのように煌めく瞳が見ていいのは、目の前にいるこの自分だけ。

 抱くのは、マリアと言う名の途方もない恍惚感だった。
 いつも。