彼らは、すでに選択をしている。
すでに選択をしているのだ。
その選択が意識されたものか無意識なものかは分からないが、それは結局、彼らにはどうでもよいことだろう。
普遍的に見て、その選択が哀れであるとか共感できないと言われたとしても、彼らは選び取る。
その選択こそが、彼らの普遍に他ならない。
「ああ……マリアさん。
オレはあなたとこうやって繋がっているときでも、考えてしまうんです」
「考えるって、何を?」
「軽蔑するかな」
「軽蔑するようなことを?」
「そう」
「話して」
「あなた、オレの知らないところで男と話していたでしょう」
「男?」
「今日、廊下ですれ違ったんです、そいつと。
そいつは友達といて、話してた。マリアさんとした会話について」
「会話なんてしたかしら」
「いつの話か知りませんけど、あなたと食べ物の話をしていたらしいです」
「……ああ」
「思い当たりますか?」
「一昨日、すれ違いざまその人に好きな食べ物を聞かれたの。なんの話かと思ったら、知り合いからもらったお土産がたくさんあって食べきれないから、私にくれるってことだったのよ」
「食べ物? なんの食べ物ですか」
「お菓子よ。包装はよく見てないから中身は知らないわ」
「捨てて」
「え?」
「捨ててください」
「え?」
「捨ててください、と言いました。煩わしいから」
「どうして? あなたと食べようと思って仕舞ってあるのに」
「オレは食べないし、あなたにも食べてほしくないです」
「どうしてそういうことを言うの?」
「男からもらったという事実で充分です、そんな理由」
「ただのお菓子よ。意味なんかないわよ」
「意味なんてどうでもいいし、意味があったらオレそいつをぶん殴るんで。
そもそもあなたと会話したという事実だけで許せないから」
「やきもち焼き。暴力はよくないわ」
「どうしてそれを受け取ったんですか」
「どうして? 意味なんてないからよ。余ったお菓子をその辺にいた人にあげた、それだけでしょう」
「どうしてマリアさんなんだ?」
「その辺にいたからでしょう。しつこいわね」
「しつこい?
しつこいんですか? オレは?」
「しつこいわよ。そもそもどうして今そんな話をするのよ」
「オレ今日一日すごいむかついてたんですよ、あいつの会話聞いてからずっと。苛々してたし」
「そうね、あなた部屋に来た時から全然笑ってなかったものね。性急だし、何かあるんだとは思ってたわよ」
「マリアさんも知ってるでしょうけど、オレ嫉妬深いんですよ」
「そうね。よく知ってるわ」
「許容範囲やたら狭いし」
「その通りね」
「本当に苛々するんです。あなたを抱き始めて少しはましになるかなと思ったけどだめだった。入れれば許せるかなと思ったけどそれもだめだった。あなたの喘ぐ顔を見ても昼間のことが思い浮かんでいたから耐えきれず言いました」
「ねえ」
「はい」
「これは別れ話なの?」
「別れ話? とんでもない。はっ……なんでそんなこと言うんです? あり得ない……」
「そうね、あり得ないわ」
「オレは、ただあなたに分かっていてほしいんです、あなたが誰か別のものに触れるだけでオレは気が狂いそうなほど嫉妬するし、いろんなことが許せなくなって視野も狭くなって頭がおかしくなる。あなたのこの肌も目も髪も身体も指の先まで全部オレのものなのに、どうして? どうしてあなたはそうやってオレの神経を逆なでするようなことをするんですか。故意じゃなくても許せないのに」
「リーベル。今回のことは運悪くあなたがその人の会話を聞いてしまったのがいけないのよ。私のせいじゃないわ」
「そうです、マリアさんのせいじゃない。あなたは別に悪くないんですよ。あいつも別に悪くないでしょう、あなたにお菓子をあげるという行為に意味があってもなくても。じゃあだからといって、オレは必ずしもオレが悪いわけじゃないと思うんです。ただ許せないんです。あなたが誰かの視界に入ってその姿を見られてると思うだけで許せなくなる。声なんて聞かせたらなおさら。許しがたい事実と許せない感情だけあるんです、それって誰のせいでもないですよね」
「そうね」
「なら、オレはどうすればいいんですか。何に怒ればいい?」
「知らないわ」
「自分自身に?」
「そうかもね」
「逆の立場だったらどう思います?」
「あなたが私の知らない場所で女の子と話していたら、ということ?」
「そしてそのことをあなたが知ってしまったとしたら」
「許せないわ」
「そうでしょう」
「あなたの声も身体も私のものだし、あなたの口から出る言葉だって私のものでしょう。どうして私の知らないところでそんなことをするのってすごく苛々するわ」
「うん」
「そして早くあなたに抱かれてそのことを忘れさせてほしいと思うでしょうね」
「オレと全く同じことを考えてる」
「もし仮にあなたがその女の子をうっかり抱いたりしていたら私ほんとうにおかしくなってしまうわ」
「それは絶対にあり得ないことですが、もしそうならあなたはおかしくなってしまうでしょうね」
「そうよ。激しく泣き叫んであなたを罵るわ。罵って罵って跪かせるわ。その女の子を追放するし、あなたは私の監視下で許しを請い続けるの。泣いても許さない。あなたは私を永遠に抱くのよ。私以外の誰の姿も見ずに、私だけに触れて、死ぬまで、灰になっても私を抱くの」
「ええ」
「あなたが死ぬ時には私も同時に死ぬから、きっと灰になって私たちは交わるのね」
「灰になって交わるなんて素敵ですね。ぜひそうしましょう。
オレもあなたが他の男に抱かれたりしたら許しませんよ」
「そうね」
「その男を殺してからオレだけしか入れない部屋に閉じ込めてオレだけがあなたと話をして触れて抱くんです、永遠に」
「ええ、それがいいわ」
「軽蔑しませんか」
「軽蔑? するわけないでしょう、だってそれが私たちの理想だもの。いいえ理想ではなく現実だわ。あなたの言う通り、ここには事実と感情だけあるの」
「ねえマリアさん、それじゃあ自分の中にあるこの怒りは一体どこにぶつければいいんでしょう」
「あらあなたよく分かってるはずでしょう。あなたの口から出る言葉もその感情もすべて私のものだって。あなたは私に支配されていて、私もあなたに支配されているんだし、ということは、ここにはもう私たちの世界しかないのよ」
「ああ、そういえば。
そうでした」
「そうでしょう、私たちは私たち二人きりの世界で生きていればそれでいいのよ。それ以外のものなんて必要ないわ。だからあなたの抱く怒りなんて無駄なものなのよ」
「なるほど納得しました。ようやく落ち着いてきた気がします」
「よかった」
「朝まであなたを抱きますね。吸い上げて突き上げて、ぐちゃぐちゃにしてあげましょう」
「そうして頂戴」
その選択こそが、彼らの普遍に他ならない。
普遍的に見て、その選択が哀れであるとか共感できないと言われたとしても、彼らは選び取る。
その選択が意識されたものか無意識なものかは分からないが、それは結局、彼らにはどうでもよいことだろう。
すでに選択をしているのだ。
彼らは、すでに選択をしている。
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