「なあ、アルベルさあー……」

 もう何回かワインを継ぎ足した頃、顔を赤らめたクリフはテーブルに頬杖をつきながら、どこか遠い目をしつつ、アルベルに呼びかけた。名を呼ばれた一方のアルベルは全く素面な様子で片手にワイングラスを持ったまま、先ほどと同じ脚を組んだ姿勢で椅子に座っている。
 アルベルがクリフの方を見ると、クリフは「これから真面目な話をするけど」という、彼特有の分かりやすい顔をしていた。

「聞いていいか?」
「……何を」

 もしかしてこいつ酔っているのかと疑問に思いつつも、アルベルはあまり気にせずに、次の言葉を待った。
 クリフは、初めは言いよどんでいたが、しばらくして意を決したようにアルベルを見据えると、

「お前、ネルのことどう思ってんだ?」

 と、問うてきた。
 アルベルは一瞬戸惑ったが、なんとなくこの男がしてくるであろう質問内容は予想していたので、とりわけ動揺も見せず、ワイングラスの中身を一口飲み、答えた。

「別に、どうも」
「そりゃウソだな」

 クリフもアルベルの返答を予想していたらしい、言い切る前に、すかさずそう言った。人差し指をピッとアルベルに向け、にんまりと怪しい笑みを浮かべる。

「アルベル、お前さんよ、恋愛経験豊富な俺様をナメんなよ? おっさんにはおっさんなりの年の功ってのがあるからな」

 得意げになって、残り五つとなったクラッカーのひとつを皿からつまみ、口に放る。

「お前の顔とか行動見てりゃ、分かりたくなくても分かっちまうもんだなんだよ」
「どうだかな」
「気になる女がいたって全然変なことじゃないぜ? むしろめでてえよ」

 めでたいかどうかはさておき、アルベルは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せて溜息をついた。

「仲間として、の話をしているのか?」
「仲間? いやそれもあるけど、女として、を俺は訊きたいな」
「女、ねえ……」

 アルベルは、テーブルにグラスを置き、中に残っている赤い液体をぼんやりと見つめながら、

「あれが女なのかよ」

 と、小さく首を傾けた。聞いたクリフはぎょっとして、声を潜めながら囁いた。

「おい、そんなこと言ったら本人に殺されるぞ。あまり下手なことをこの町で口に出すもんじゃあないぜ。何気なくネルさま親衛隊が潜んでいるらしいからな」
「親衛隊、ね」

 アルベルは吹き出した。

「親衛隊とやらが思っているのは、あの女が格好良いだとか凛々しいだとかいうことだろ。親衛隊じゃなくてファンクラブの間違いじゃねえのか」
「おい」
「そう思われてる女ってどうなんだ」

 指先で、グラスを小さく揺らしながら、アルベルは口角を上げた。

「女ってもんは普通、弱いもんだろ。魔物や人間を血祭りに上げるような力を持つ人間が、ただの女かといったら、そうじゃない。あいつは普通の人間より背負うものが多すぎて、女という以前に、本能のままに弱肉強食を行う動物になってやがる」
「お前、そういう言い方は」
「俺と同じさ。性別云々の前に、ただひたすら殺戮する人間になってんだ。原始時代のように、敵を切り裂き、自分を守るだけの動物にな」
「……」
「嫌いだよ」

 アルベルは、低い声だが、はっきりとそう言った。

「嫌いだよ、あの女が」

 その顔に宿す笑みは、喜怒哀楽の見えない静かな笑みだ。
 クリフは考え込んで沈黙し、一口ワインを飲むと、気を取り直すように訊いた。

「本当に……そう思ってんのか?」

 アルベルは、髪の合間から紅の眼差しを男に向ける。

「ああ」
「ネルは、女じゃなくて、お前にとってはただの動物なのか?」
「そうだな」
「お前と"同じ"だから、お前は同族嫌悪してるってわけなのか」
「ということになる」
「それを聞いて、ネルが傷ついてもか?」

 クリフの言葉に、アルベルは少しのあいだ口を閉じたが、目を伏せながら答えた。

「……そうだな」
「ネルは傷つくぜ」

 悲しげに眉をハの字にし、クリフは嘆息する。

「ネルは、戦いたくて戦ってる女じゃねえんだぞ。そういう立場に生まれて、強いられて、お前らの国と戦ってたから武器を取ってたんだ。お前にだって分かるだろ? ネルが感情を殺しながら敵を倒していることは。俺は、けんかっ早いから、誰を殴ろうが動揺することも少ねえが、ネルが痛々しい顔をして敵と対峙してるのを見ると、ああ、こいつは戦場に出て戦う人間じゃねえんだってつくづく思うんだ」
「……」
「見ていて可哀想なんだ。あいつは、人を殺したり誰かと敵対するには優しすぎて。俺は、お前とネルが似ているとは、思ったことねえな。どっちかっていうと、お前は俺に似てる。誰を殴っても斬っても、痛くないんだからよ」
「俺は特殊だよ」

 笑みを消したアルベルは、クリフには目を合わせないまま、ワインを一口飲んだ。

「俺たちの国には、あいつのような奴が大勢いるぜ。戦いたくなくても戦わなければならないと、そう思ってる輩が。
 アーリグリフは武力の国だから、男子には必ず二年の兵役がある。それに参加しない奴は、身体が弱いだとか障害があるとかいう特例の男だけだ。九割以上は兵役に就く。なぜか? 給与が出るからさ。俺たちの国は貧しい、稼ぐことも並大抵のことではない。少しでも金になるなら軍事に携わった方がいいと国民は考える。食事も配給されるし、どんなに軍役が厳しくとも、ひとまず二年間は生活に困らない。
 兵役が終わっても、大抵の男子は兵役に就いたままだ。給与も上がるし、我が王が能力主義者ゆえに、今度は結果に応じてそれなりの報酬が与えられる。もともと兵役に入った時点で就職先が決定したようなもんだからな。
 俺たちの国の兵士は、一般人から駆り出された奴ばかりなんだよ。本当は、このシーハーツに生きている人間のように、平和で楽な人生を歩みたいと思ってる。だが無理なんだ、あの国に生まれてしまった以上は」

 クリフは真面目な顔つきでアルベルの話を聞いている。その様子に少し居心地悪さを感じながらも、アルベルは続けた。

「俺とあいつは、確かに違う。生まれた国が違うから、その過程が違うんだ。だが、やっていることは全く同じだ。俺はアーリグリフのために、あいつはシーハーツのために、各々の王のために、国民のために。何かしらの理由をつけて、俺たちは武器を振るう。互いに今まで戦争してきた国だ、傷つけ合うという両者の愚かさに違いなどない」
「……」
「背景の重みというもんがあるんだ。俺は、お前のことはよく知らないが、俺たちは生きてきた惑星さえ違うんだろ?」
「そうだな」

 深刻そうにアルベルの話を聞いていたクリフは、力なく頷いた。

「そうだ。お前と俺は、同じじゃねえよな……」
「戦っている時は同じかもしれんが、それ以外の時はやはり違う。戦う理由が違うんだよ」
「でもよ」

 クリフは、急に悲痛な表情になり、視線を真っ直ぐにアルベルに向けた。

「でも、お前とネルが同じなら、お前にネルを嫌う資格なんてねえと俺は思うんだ」

 こんなことを言う資格は俺にもねえんだが、と付け足す。アルベルは、怪訝な顔をしてクリフを見た。

「あん?」
「お前とネルは同じなんだろ? 戦争を仕掛けてきた立場の人間で、同じように武器を取って殺し合いをしてきたんだ。なのに、なんでお前はネルを嫌うんだ。ネルは、お前よりずっと反省しながら戦っている人間じゃねえのか?」
「……言うな、お前」
「いや、悪いとは思ってるけどよ、でもお前にだって分かるだろ? ネルがどれだけ悔やみながら武器を振るっているのかを」
「分かるさ」

 アルベルは、ひょいと肩をすくめた。

「分かるさ、だから嫌いなんだよ」
「……?」
「あいつは後悔と懺悔を知っている。自分が殺めた者に対する懺悔は、相手への侮辱であると同時に、己の罪の浄化だ。あいつはいつだって殺戮を後悔し、過ちに苦しみ、自分自身を憎んでいる。俺とは違い、殺戮を全く善しと思っていない。誰を殺しても誰が殺されても、あいつは自分自身を憎むだろう。
 たとえば、俺があいつの仲間を殺しても、無論あいつは俺を憎むだろうが、回りに回って結局は"戦争を仕掛けた自分だって悪いんだ"という視点に戻るんだ。何をしようが、悪い結果は、全て自分のせいなんだよ。
 俺が嫌いなのは、そこだ。あいつと俺が背負うものは確かに同じだが、決定的に違う部分がある。自分自身を憎み、それでも許されようと足掻く余計な部分だ。俺は、そんな馬鹿げた部分を持つあいつが心底醜く思えて、大嫌いなんだよ」
「そう、なのか……」

 クリフは、落胆したように肩を落とした。

「そうなのか……。お前は、そんなことを思って、パーティにいたんだな……」
「……」
「あ、責めてるわけじゃないんだ。ただ、つらかったろうと思ってよ」
「別に」

 何とも思わない、と呟き、グラスに残っていたワインを飲み干す。まだ瓶にワインは残っているので、クリフが瓶を持って差し出すと、アルベルはそれに応じてグラスを差し出した。

「誰だって背負うものや思うことは違うだろ。違う星から来たお前も当然、それなりに時を過ごして生きてきたんだろうから」

 グラスの半分まで注いでやって、瓶をテーブルに置いたクリフは、気遣うアルベルの言葉に苦笑しながらかぶりを振った。

「いや、俺はお前ほど深刻に物事を捉えてねえよ。俺は、やけに楽観的なんだ」
「それもまた長所だろ。俺も、戦争に関しては楽観的さ。俺はもともと俺自身のことしか考えていない」
「でも、ネルは、全部のことを、全部自分の立場に置き換えて考えちまうんだ。あまりに優しすぎて……」
「それは長所になりうるが、実際のところ短所だろうな」
「俺、時々ネルをパーティから外した方がいいと思うんだよ」

 クリフはクラッカーを口に入れ、もぐもぐと噛みながら不満げに声を潜めた。

「ネル自身は、俺たちの戦力になれるならっつってついてきてくれたんだけどよ。あ、お前、その時点ではいなかったが。
 助けてくれたことの恩返しをしたいと言ってたんだが、実際にあいつが戦っているのを見ると、ああこいつ言ってることとやってることが違うじゃんよって思うんだ」
「それは、あるな……」
「恩を返したいっつうネルの気持ちは分かる。本気でそう思ってるんだと思う。でも、身体がそれを拒んでて、だからああいう痛々しい戦い方しかできねえんだろうなあって感じるんだ。戦闘後の傷だって多いし、援護が必要な時にも誰にも頼らないし、マリアとソフィアみたく後援にいてくれよってこっちが頭下げたいくらいなんだが、ネルがそれを許しはしないだろ」
「あいつはやけに自虐的だからな」
「そう、だから、フェイトにこっそり言うんだ。なあ、ネル外さねえか?って。でもフェイトは、"は?"だよ、"は?"。意味分かんねえってふうに。気持ちは分かるんだ。フェイト、ネルのこと好きだから」
「……」
「好きな女をわざわざ手放すわけにはいかないって魂胆だろうけど、お前、ほんとネルのこと見てやってくれよ、苦しんでるだろうって遠回しに言うと、フェイト、分かってるけど、それでも外せないっていうんだ。これは完全にフェイトのエゴなんだ。ほんとガキだよあいつ。
 フェイトは、ネルさんが苦しいなら僕が守ってやる!と思ってるみたいなんだが、守るってそりゃあ、お前、違うよって、これもまた遠回しに言うんだけどよ、やっぱり駄目なんだよな……」
「ネル自身に離れる気がないからな」
「そうなんだよ」

 クリフは盛大に溜息をつき、机に突っ伏した。

「青髪が言い続ける限りは無理だろ。あいつがパーティの重役なんだから」
「フェイトはさ、たとえ他の仲間が離れても、ネルとは一緒にいる気でいるぜ。でも、この二人が一緒にいるってのは、地獄を見ること以外にないと正直、俺は思ってるんだ」
「そこまでか?」
「フェイトはネルのことを理解したい、けれどネルは理解させてくれない、理解してもらいたくない、っつう悪循環があるだろ」
「ああ……」
「ネルは絶対にフェイトに心は開かないと思うんだ。そのことにフェイトは苦しんで、ネルもどうしていいか分からない……こういう負のスパイラルに陥るような気がして、俺はもう見てられねえんだ。
 俺はただ、二人に幸せになって欲しいと思ってるからよ……」

 幸せという言葉に、アルベルは目を伏せた。それは重たく、どこか心に虚しく響く、悲しい言葉だ。

「……」
「あ、いや、その、みんなに! みんなに幸せになって欲しいと思ってるんだぜ? フェイトも、ネルも、当然マリアも、ソフィアも、お前も、俺自身もな!
 俺はパーティにいて、ああこいつら不器用でいい奴ばっかりだなあとつくづく思うんだわ。人間らしいっつうか、どんな恐ろしい力を持っててもそれを表に出さない強さを持ってる。本当は戦いなんかやめて平和に暮らしていた方が幸せになれると思うが、それは今はどうしても無理な話だからな……
 せめて、アホみてえな神様とやらと戦った後に、みんなそれぞれの道を行って、それぞれ幸せになって欲しいと思うんだ。理想論じゃないぜ? 可能性ってのはいつだってある。人間求めるところは結局そこだろ?」
「まあな」
「ネルは……」

 クリフは悲しげな笑みを浮かべ、声を小さくして言った。

「ネルは、お前と一緒にいた方が、幸せになれると思うんだ……」

 呟きに、アルベルは驚いた。

「なんだと?」
「あ、悪い、お前はネルのことが嫌いだったな……」

 クリフは頭を掻きながら苦笑した。
 アルベルはワインを飲みつつ、黙ってクリフの言葉を待った。しばらく考え込んでいたクリフだが、そのうち、考え込むような視線を下に降ろしたまま口を開いた。

「アルベル。お前には可能性があるような気がするんだ。ネルが、少しでも救われるための。お前は率直で、きつくて、厳しくて、正しいだろ。歪のアルベルって悪口のように言われてたけど、俺はそうは思わない。お前の言うことはいつでも正論で、残酷で、正しい。俺は、お前のそういうところが好きなんだ。
 でも、お前じゃない俺たちは、やっぱりネルにきついことは言えない。フェイトはネルのことが好きだから、ネルを進んで傷つけようとは思わないし、ソフィアは優しすぎるし、マリアもああ見えて実は他人に気を遣ってる。俺も、ネルのことをよく知らないから下手なことは言えない。言い訳に聞こえちまうかもしれねえが。
 でも、アルベルは違う。お前はネルと同じ星に生きている。ネルに一番近しい位置にいる。お前には、真実に対する恐れがない。正しいことを正しい、悪いことを悪いと断言するには、それ相応の勇気が必要だ。大抵の人間ってのは、その勇気をなかなか持てないんだぜ……」

 海老とアボカドのせクラッカー余ってるぜ、食えよ、と皿をアルベルの方へ寄せつつ、クリフは後を継いだ。

「お前は、天性でそれを持ってる。だから強い。俺たちクルーで言えば、そう……ミラージュのような感じだ」

 言われたアルベルは、いや、ミラージュという三つ編みをしている頭がいい料理の上手な蹴りが恐ろしい大柄な女ほど俺は強くないが、と思いつつ、クラッカーを口に入れてクリフの言葉に遠慮した。

「俺は、そんなに強くねえよ……」
「そうかもしれないな。俺はお前のことをまだ知らないし、実際はそうかもしれないが、それでもお前は、俺らの目には強く映るぜ。それは、きっと性根も強い証拠だ。
 なあ、もしできるなら、お前がネルを導いてやってくれよ。ネルは隠すし、話してくれないし、くそ真面目で、自責の念も強すぎる。あれじゃあ自分を追いつめすぎて、いつか崩壊する。可哀想だ、ネルは本当は優しい女なのに」
「……」
「ネルにだって、幸せになる資格はあるんだぜ」

 クリフが、寂しげに笑いながら言う。
 アルベルは、クリフの一通りの話を聞いてしばし黙っていたが、ふと返した。

「お前は?」
「え?」
「お前が、それだけあの女のことを理解してるのなら、お前にだってネルを導くことはできるんじゃねえのか」
「俺が?
 いやあ……無理だぜ、俺は別に好きな女がいるからな」
「……ミラージュ、か……?」

 三つ編みをしている頭がいい料理の上手な蹴りが恐ろしい大柄な女がいいのか?とどぎまぎしつつ、アルベルがおそるおそる尋ねると、クリフは照れたように手をぱたぱた振り、あんなおっかない女でも好きなものは好きだから仕方がないんだよなあ、と笑った。
 そうか、そういう趣味の男もいるのかとアルベルは心底感心し、頷く。

「そう、だな……」
「だから俺が他の女を幸せにしてやることはできない。男ってのは、そういうもんだ。
 な、お前がネルを女として見る可能性があるのなら、ほんの少しでもいいんだ、ネルを支えてやってくれねえかな。ネルにとって何が幸せなのかはよく分からないが、俺は、お前の言葉にネルが少なからず救われると思ってる。
 ソフィアもときどき言ってるんだ、"あの二人は、敵同士だけれど、本当は一番理解し合ってる"ってな。特にアルベルがネルのことをよく分かってるって。ソフィアの言ってることに間違いはないだろ?」
「さあな」
「間違いないんだよ。現に今までの話を聞いていて、ああアルベルは、本当にネルのことを理解してやってるんだなあってしみじみ感じたんだ。ネルは現時点で幸せもんだよ。俺も、理解者が近くにいることがどれだけ幸福なことかはよく分かってるから、お前が、ネルを見捨てずに少しでも好きになってくれるなら、きっとネルはアルベルの言葉に影響されて、あの自責の念が緩和されるんじゃねえかと思うんだ」
「俺は」

 アルベルは困惑して首をひねった。

「分からん、そういったことは。俺は、いつも俺自身のことしか考えていない」
「それは敬遠だぜ。お前は他人の気持ちを悟れるし、あの感受性の強いソフィアが、アルベルさんって本当に優しいです〜って言ってるんだぜ」
「声真似きもちわり……」
「うるさい。とにかく、ソフィアが言うんだ。お前は優しいって。誰よりも先にそう言ったのはソフィアだったんだぜ。俺は、最初はお前に対して、こいつ頭いかれてる、と思ってたんだけどよ、ソフィアの言うとおり、ああ実はけっこう格好いいじゃんって」
「……」
「まあ、強いているつもりじゃあねぇんだが」

 ワインを一気に流し込み、ふう、と息を吐いて、クリフは口元を拭う。

「お前は、ネルを幸せにできる」
「……」
「お前なら」
「俺は……」

 アルベルが再び暗い顔をしかけたので、気にすることはない、とクリフは首を横に振った。

「確かに、お前たちの背負ってるものは大きい。大きすぎて、俺やフェイトなんかじゃ背負いきれないもんだ。殺した人間の数も、罪も、この先お前らを苦しめるだろう。
 でも、お前には、それに耐えきる強さがある。お前は本当に強いからな。だがネルは駄目だ、きっと押し潰されて不幸になる。不幸になること自体にもネルは抵抗しない、そこがあいつにとっての問題なんだ。
 アルベル。お前の強さを、ネルに分けてやってくれよ。お前らは、足して二で割ったくらいが丁度いいんだ」
「……考えてはおくが」

 アルベルは嘆息しながら承諾したが、

「フェイトはいいのか?」

 と、訊いた。クリフは一瞬口を噤み、薄く苦笑いを浮かべた。

「あいつは無理だろ。ネルが背負うものを預かって、背負えるような力も強さも持ってない。あいつはただ何も知らずに恋愛してるだけだ。ちょっと甘いんだよ」
「だが、それもひとつの権利だろ。あの女の罪や苦しみを知らないのも、別の星から来た青髪にとっては当然のことだ。恋愛する権利を剥奪する権利自体、俺もお前も持っていないだろう」
「そうさ。だが、相手の罪や苦しみを理解しないままで相手を幸せにするってのは、絶対にできないことだろう」
「それは、まあ、そうかもしれんが」
「できないんだよ、フェイトじゃ、あのネルを幸せにすることは」

 瓶からワインを注ぎ、残りの分をアルベルのグラスに入れ、クリフは寂しげに言った。

「可哀想だけどな……」
「可哀想ってのも、人に因りけりだろう。青髪は、別の奴らから想われてるじゃねえか」
「そうだな」

 空になったワイン瓶を置いて、クリフは、グラスを手にとってちびちびと飲みつつ、深く息をついた。

「難しいなあ、誰かが誰かを想うって図式は、どうやってできるんだろうな。矢印がお互いに相手の方を向けばいいのに、そう都合よくはいかねえもんなあ」
「お前は一体誰の味方をしたいんだ」
「あ?」
「悪い、言い方が違うな。お前は、一体、他の奴らにどうして欲しいんだ」

 つがれたワインを同じく口にしながら、アルベルが問う。
 クリフは、からからと笑った。

「はは……俺はよ、実際は関わりたくねえんだ。だって面倒くせえんだもん、他人の恋愛沙汰なんて。巻き込まれるくらいなら、見て見ぬふりをしてた方がよっぽどいいねえ」
「……ごもっともだな」
「そうだよ、だってさ、俺が手を出したら、みんな俺に頼っちまうだろ。マリアもソフィアもフェイトも苦しんでいて、ネルも苦しんでいてよ、俺までそれに感化されちまったら、ここはいやーなパーティになるぜ。だから俺は傍観してんだ。全員の真ん中にいられるように」
「へえ」

 感心して、アルベルは相槌を打った。

「正しいな、そりゃ」
「だろ。そういう中立の立場を取れるところが、俺の自慢だ」

 いたずらっぽく笑い、クリフは残りのワインをぐいと飲み下した。
 アルベルは余っているクラッカーをつまみながら、アボカドと海老とやらも美味いな、アーリグリフにも伝えてみよう、などと思う。

「ま。
 お前も、お前の好きなように生きろよ」

 酔いが回ったのか、かなり顔を赤くしながら、クリフが手で自分を扇ぎつつ、言った。

「俺も、お前には幸せになって欲しいもんだよ」
「……フン。
 なれたらなるさ」

 アルベルは鼻で小さく笑い、残りのワインをゆっくりと飲み干した。