「さ……
 寒いですわね」
「そんな格好してるからでしょう」
「あなた、いつも小屋のこんな寒さの中で勉学してますの?」
「暖房があるんですよ」
「あるんですの!? でしたら、さっさとお使いになって! 凍え死んでしまいますわ」
「紋章術で少し空気を暖めるだけですよ。はい、フェーン微弱バージョン」
「…………」
「少しは空気が暖かくなったでしょう? なぜそんな訝しげに僕を見るんですかね」
「いえ……なんだか、ああ、そういう方法もあったわね、と感心しただけですわ」
「こういった熱風の術はエクスペルには無いんですか?」
「無いですわ。これでもわたくし、大陸一の紋章術師と呼ばれておりますけど、あなたのようなネーデ人の高度な紋章構成は、ネーデに行って初めて見ましたもの」
「そうなんですか」
「ネーデにいる間は、紋章術習得がわたくしの密かな課題でしたの」
「ああ」
「けれど、どんなに真似ても上手くできませんでしたわ。いくつか覚えてきたものはありますけど、不安定で発動しないし。身体に刻み直さないと駄目ですわね」
「紋章術をですか?」
「ええ」
「……んー」
「なんで不満げな顔をしますの?」
「えっ、ばれてます?」
「しばらく付き合っていると、たとえ無表情でも、なんとなくオーラで分かるんですのよ」
「オーラ……」
「もしかして、わたくしが身体に刺青をすることに抵抗がありますの?」
「……」
「図星ですわね。大丈夫、痛くないですから」
「いえ……そういうことではなくて」
「?」
「その……
 ネーデでは、紋章を身体に刻むという行為が必要なかったからこう思うのかもしれませんが、女性の身体に刺青が増えると、なんだか僕には痛々しく感じられてしまって」
「あら。ファッションの一部にもなるんですもの、わたくし自身には全く抵抗がありませんのよ?」
「それなら良いのですが……ネーデの術となると、より強力な術を発動させるために、自然と刺青の数も多くなってしまうのではないかと思いまして」
「まあ、そうですわね。背中にも至るでしょうね、きっと」
「……」
「ふふ。心配しなくても大丈夫ですわ。あなた程の能力は生まれつき持てませんし、わたくし、自分の能力以上に欲張ることは嫌いですの。とりあえず無難な紋章を少しずつ増やして、それから」
「セリーヌさん」
「は、はい?」
「もし紋章術の発動が必要ならば、僕を呼んでください」
「え……え?」
「そうすれば、あなたが紋章を刻む必要は無いでしょう?」
「……」
「嫌味で言っているわけではないんです。けれど、紋章術は相当な精神力を使うし、あなた自身の身体にも大きな負担がかかります。僕にできない術を身体に刻もうというのならかまいませんが、もし僕に使用可能、もしくは習得可能な術であれば、僕があなたの代わりに術を発動します。そうしたら余計な刺青を刻む必要もないでしょう?」
「――ふふっ」
「?」
「ふふふ、ノエルってば、面白い気の遣い方ですわね」
「え、あ、す、すみません」
「ううん、わたくし、とっても嬉しいんですの。ありがとうございます、ノエル。けれど、もしそれをあなたに頼むとしたら、あなたはわたくしと常々一緒にいなければならなくなりますわ」
「……それは」
「あなたにわたくしのトレジャーハントに付き合ってもらおうだなんて思っていないし、あなたに争い事は似合いませんもの。攻撃的な術の発動は少ないほどいいのですわ」
「……」
「そんな悲しげな顔をなさらないで? では、こうしましょう、あなたの大切なわたくしの身体のためにも、わたくし、新たに紋章を刻む時には、あなたに最も簡素な術の構成方法と紋章を訊きに参りますわ。そして、刻むに相応しい場所も」
「え?」
「そうしたら、あなたもわたくしのことが把握できてよいでしょう?」
「セリーヌさん。けれど、それは」
「わたくしのスタンスに反すると思いまして? ふふっ、わたくし、紋章術師であることが全ての女ではありませんわ。他にもたくさん大事なものがありますのよ。誰かの心を痛めさせてまで、自分勝手に振る舞おうとは思いませんの」
「……分かりました。でも、その……あまり僕に気を遣っていただかなくてもかまいませんので」
「あら、わたくし、気遣いのつもりで言っているのではありませんわ。わたくし自身の信念のためですのよ」
「そう……ですね。あなたはそういう方でした。では、約束しましょう」
「ええ。それでは早速、ひとつ覚えたいものがあるのですけど、うーん、そうですわね……」
「?」
「まずは、刻む前のわたくしの身体をチェックする、ということから始めてみません?」
「……セリーヌさん。あなたって人は」
「良いでしょ、良いでしょ? わたくし、何気なく今日あなたの小屋を訪ねるのが楽しみでしたの。あなたは、わたくしの訪問が嬉しくなくて?」
「嬉しいですよ」
「断言されると、なんだか照れますわね。ま、とりあえず、部屋も少し暖まったことだし? 今夜は寝かせませんわ」
「やれやれ……そのあなたらしさが、僕は本当に好きですよ」