合図が来るまで待機せよ、と言われた森の中での野営でした。簡易テントを張って交代で見張りをし、少ない明かりで敵を警戒しながら夜を明かすのは、心身共に非常に疲れるものでしたが、誰もが緊張して自衛を行っている今、文句を言っている場合ではありません。寒々しい森、重苦しい冬の季節、刺すような冷気と厚着することで戦いながら、私は負傷した者の手当を任されていました。幸い、前回の戦闘から時間が経っていることで、怪我の具合もだいぶ良くなっている者ばかりでした。ガーゼを交換したり、消毒薬を塗ったり、私にはその程度しかできないのですが、少し前まで痛がっていた方が「君の治療のおかげで良くなってきた」と笑みをこぼす時には、私も嬉しくてたまらなくなるのでした。
 包帯の交換が必要な最後の一人の治療を終えると、私は、疲弊からか、密生している木々の一本に寄りかかり、ずるずるとその根元に座り込みました。目眩が起きているのかもしれません、頭と視界がぐるぐるとして、軽い気持ち悪さを覚えました。火照った顔と反する冷たい風が、頭の奥から鋭い痛みを引き出しました。そのうち頭痛が強くなってきて、私は気分の悪さでその場から動けなくなってしまいました。私の寄りかかっている木は野営の場所から死角にあるので、こんな所にいては危険なのですが、動こうにも身体が怠くて言うことを聞かないのでした。本当は立ち上がって移動し、少しでも暖かい所に行きたいというのに。
 しばらく目を閉じて、頭痛が軽くなってくるのを待っていると、ふと前に気配を感じて、私はゆるゆると瞼を上げました。ぼんやりした視界に見えたのは、黒い真っ直ぐな髪でした。一本に結わえた髪を前に垂らしているその人は、しゃがみ込み、私の顔を心配そうに覗き込んでいました。
 私は、朦朧とした頭で、その方の名を口にしました。

「ナオジ、さま……」
「大丈夫ですか? 具合が悪いのですか?」

 ナオジ様は、失礼します、と小さな声で断った後、ご自身の手袋を片方取り、生身の手で私の額に触れました。私はひどく動揺してしまったのですが、その態度を表に出せるほど、もはや私の身体に気力は残っていませんでした――それが丁度良かったのかもしれませんが。
 ナオジ様は驚いたような顔をなさった後、なんということを、と深刻そうに呟いて、失礼しますともう一度言ってから、私の膝の裏に手を差し入れて身体を抱き起こしました。またもや私は慌ててしまいましたが、それ以上に揺さぶられたショックで頭の痛みがズキンと響き、あろうことかしかめ面をしてしまいました。
 ナオジ様は、私が頭痛も伴っているということに気が付かれたらしく、身体の動作を落ち着かせて、ゆっくりと歩きながら私の顔を見下ろしました。あまりにナオジ様の顔が近くにあるので、私は恥ずかしさでパニックになってしまい、思わず両手で顔を覆ってしまいました。その仕草のせいで余計に具合が悪いように見えたのか、ナオジ様が焦った様子で仰いました。

「だ、大丈夫ですか?」
「は……はい。少し……びっくりしてしまって」
「あなたは風邪を引いたのですよ。かなり高い熱が出ています。そんな身体で深夜まで無理をするから……」

 ひどく心配そうな声音が聞こえてきて、私は申し訳なさと羞恥心で今にも消え去りたい気分でした。確かに昨日から少し怠かったような気もします。それでも皆様は頑張っているのだからと身体を奮い立たせ、次の日の夜中まで治療班に回り、挙げ句の果てに熱を出してナオジ様に抱きかかえられるなど、なんと情けなく頼りないことでしょう。思わず、下ろしてください、という言葉が喉まで出かかりましたが、私が言ったところでナオジ様が下ろしてくださるはずがありません。
 私はおとなしく、ナオジ様が運ぶ先まで黙っていました。
 じきにテント内に入ると、今は寝ている兵士が二人ほど、狭い場所で横になっていました。ナオジ様は、あまり女性を男性と一緒にしたくはないのですが、できる限り私が傍にいますので、と私の耳元で小声で呟くと、折りたたまれた毛布を拡げて二枚を私の身体に巻きつけ、一枚をテントの床面に敷き、そこに私を横たえました。私はようやく冷たい外気から離れられた安心感で、ふう、と息を吐きました。口から出る風が熱風のようで、私はそのとき初めて自分が熱を出しているのだと実感しました。
 ナオジ様は、一度テントを出て、外の地面に置いてあった私の水筒と荷物を持ってきてくださいました。治療班にもらってきたらしい、紙に包まれた風邪薬と水筒を私に渡し、私が飲み終わるまで見守って、じきに私が再び静かに横になると、ナオジ様も安心したのかやっと微笑んで下さいました。

「良くなるまでお休みなさい。無理をしてはいけません」
「はい……
 あの、本当にすみません。私……」
「良いのです、あなたは十分すぎるほど働いているのですから。あなたのその行動力は、我々男性でも敵わぬほどだと思っていました。
 私もあなたに無理をさせすぎました。どうか今はゆっくりと休んでください」
「……はい……」

 それでも私が罪悪感でいっぱいな面持ちのままでいると、ナオジ様は小さく苦笑なさって、手袋を外したままの右手で、私の額をさらりと撫でて下さいました。
 おやすみなさい、というナオジ様の低い声が聞こえ、ナオジ様にご挨拶を頂くなど、なんだかとても気恥ずかしかったのですが、額を撫でて下さるその手のひらが優しく、不思議と心を落ち着かせてくれて、私は、安堵からかゆっくりと目を閉じました。きっと風邪も、すぐに良くなることでしょう……