革命軍の夜の陣営内では、味方の集落であると言っても、交代制で常に見張りを置かなければなりません。いつレジスタンスが攻めてくるか分かりませんので、ルーイ様についてきた学生たち、軍人の方々は、皆、身を守るためにかなりの神経を使っていて、肉体的にも精神的にも疲労困憊している様子でした。ナオジ様もその一人で、昼間は革命軍を先導する立場にいらっしゃって目まぐるしいほどお忙しいのに、夜は書類作りや作戦会議などで深夜まで動き回られて、一体いつナオジ様がお眠りになっているのか分からないほどでした。私は、なるべくナオジ様のお邪魔にならないよう、しかしナオジ様が少しでも疲れているお体を労って下さるよう、時折、休憩の頃合いになるとナオジ様のお好きな日本茶を差し入れに行くようにしていました。今日も、お茶を淹れてテントの中に入ると、ナオジ様は山積みになった書類の前にして、絶えず筆を動かしていらっしゃいました。私の気配に気が付くと、ナオジ様は振り返り、ああ、あなたでしたか、と優しい微笑みを浮かべて下さいました。

「あの、お茶を差し入れに」

 私が控えめに申し上げると、ナオジ様は「いつもありがとう」とおっしゃいつつ、鉛筆を置かれ、ふう、と小さな息をつかれました。私は、ナオジ様の前にお茶を置きながら、ちらりとナオジ様のお顔を拝見しました。だいぶお疲れのご様子で、目の下にうっすらと隈ができているのがとても痛ましく、私は、もしかしたら余計なお世話かもしれないと思いつつも、思わず声をかけてしまいました。

「……ナオジ様、少し……お休みになった方が」

 隣のテントには既に就寝している方たちがいるため、私ができる限り声を抑えて言うと、ナオジ様は一瞬きょとんとした表情をなさって、じきに薄く苦笑されました。

「ええ……」

 小さく呟きながら手元にある書類をじいと見つめたナオジ様の視線を追うと、そこにはまだまだ書かなければいけないスペースが残っている食料庫使用許可願いが数枚。ナオジ様の苦笑いは、まだ当分眠れない、という現れだったのでしょう。私はとても心配になって、思わず声を上げてしまいました。

「ナオジ様……あの、私にできることは、何かないでしょうか」

 私の言葉に、ナオジ様はゆるゆると目を上げて、困ったように笑みつつ私を見ました。

「お気持ちは嬉しいのですが、もう深夜ですから。
 リュッカ殿も眠られた方がいい……」
「私は、昼間少し仮眠を取りましたから、大丈夫です」

 二十分程度の仮眠でしたが、それは申し上げませんでした。

「何でも良いんです……ナオジ様の力になりたくて。でも、お仕事のお邪魔でしたら、もう下がりますから」
「……」

 私がテントから出ようかどうか迷っていると、ナオジ様は、なぜか私をじいと見つめ、無表情のまま押し黙ってしまわれました。私が不思議に思って見つめて返していると、ナオジ様は不意にハッとしたように目を丸くし、わずかに照れたような笑みを浮かべ、長い睫毛を伏せられました。

「ありがとう、ございます……」
「……なんだか、歯がゆいです。ナオジ様がこなさなければならない書類作成のお手伝いでさえ、私にはすることができなくて……」

 もし私が軍事的に高い地位にいるならば、書類に判を押すこともできたのですが、こればかりは単なる女子生徒に許されることではありません。力になれず申し訳なくて私が俯いていると、ナオジ様が、ふと傍に佇んでいた私の左手を取ったものですから、私はびっくりして身体を震わせてしまいました。

「ナ、ナオジ様?」

 ひっくり返った声で言うと、ナオジ様は一瞬手をお放しになった後(おそらく私の声に驚かれてしまったのだと思います)、再び軽く私の手を握り、私の顔を見上げて静かにおっしゃいました。

「……はい。
 これで、元気になれました」

 にこりと笑って私を見、そんな言葉をかけて下さるものですから、顔と身体がまたたく間に熱くなってしまい、私はおろおろと視線を泳がせました。そのうちナオジ様は手を引き、机に転がっていた鉛筆を取り上げられました。

「お茶、頂きますね。どうもありがとう」

 仕事を再開なさるようなので、私は慌てて頭を下げ、ぎこちない動きでテントの外へと出ました。辺りは静まり返っていましたが、吊り下げられたランプの前に佇んでいる見張りの方たちの姿が、ぼんやりと浮かび上がっていました。私は、テントを出て数歩歩くと、立ち止まり、陣を張っている森の真上にある夜空を見上げました。漆黒の中にきらきらと星が瞬いていて、とても幻想的で、綺麗でした。

「……はあ」

 私は、先ほどナオジ様に手を握られたことを思い出し、パッと両手に顔を伏せました。なんだか膝の力が抜けてしまってその場にしゃがみ込むと、それに気が付いた兵士の方が一人私の方に近づいてきて、大丈夫かい、と声をかけて下さいました。私は顔を伏せったままこくこくと頷きましたが、耳まで熱くなっているこの状態は、しばらく収まりそうにありませんでした。
 夜風が耳に気持ちいい、と思ったほどでした。