パアン、と音がして、リュッカリッテはおもむろに森の湿った地面に倒れた。心臓の拍動と共に脚のふくらはぎから血が噴き出しているのが分かる。痛みは、その生ぬるさと同時に訪れ、リュッカリッテが顔をしかめて唸り声を上げた瞬間、彼女の傍に一つの影が滑り込んできた。

「リュッカリッテ殿」

 驚愕と蒼白さとを交えた低い声でナオジは名前を呼ぶと、本当は少し身をかがめて顔を覗き込みたかったのだろうが、すぐ近くにレジスタンスの青年が銃を持って奇声を発し突撃してくるのが見えて小さく舌打ちし、手に持っていたライフルで迫ってくる人間二人を狙い撃った。
 ドス、ドスという、弾丸が若者の胴体に当たる音が聞こえ、その後、ドサン、ドサンという重たい音で、彼らが地面に倒れ伏したことを知った。彼女は痛みのせいで顔を上げていられず、その若者たちがどうなったのかは音でしか知ることができなかったが、これ以上は知る必要もないようだった。それよりも下半身を襲う激痛が神経を冒し、額にびっしょりと汗を掻いていることで、ナオジにみっともない顔を見せていないか、不快な思いをさせていないかの方が気になった。

「リュッカリッテ殿」

 今度は怒りを含む声で、ナオジは名を呼んだ。リュッカリッテが苦痛に息を漏らしながらようやく返事をすると、ナオジは近寄ってきた衛生班に来るよう誘導し、傷口の手当を頼んだ。
 ふくらはぎの半ばにめり込んだ弾はそのまま、ひとまず溢れる血を布で止める。あまりに簡易な方法に、傍で立て膝をして治療を見つめていたナオジは悔しげな声を上げた。

「自分のせいで、あなたをこんな目に」

 衛生班の者に上半身を起こされながら、リュッカリッテは冷や汗まみれの顔をナオジに向け、微笑んだ。

「平気です」
「……」

 奥歯を噛み締め、怒りと憎しみに顔色を青くするナオジを見て、リュッカリッテは慌てながらライフルを持っていない方の彼の右手を取って握り締めた。

「ナオジ様、私は平気です」

 彼女は至極、健気に言う。
 リュッカリッテが恐れていることは、彼が憎しみに支配されることだった。
 この冷静な、静寂に包まれた優しい男は、その純白さゆえに憎悪に支配されやすく、いつかその殺戮の理由を憎しみとする可能性があるように思われた。東洋の漆黒の髪と相反する白くまばゆい心が侵されることなどあってはならないとリュッカリッテは常日頃から必死であり、なぜ自分がナオジに対しそのような焦燥を抱くのかは分からなかったが、リュッカリッテにとって彼の負の変容はひどく恐ろしいことのように思えていた。まさかナオジが憎悪に負けてしまうほど弱い人間だとは案じていなかったが、彼と行動を共にするにつれて、彼はやはりまだ十代の学生なのだということを思い知ったのだった。ナオジの心は常に人生に迷っており、一瞬一瞬の判断が彼の胸の内に黒い影を差すのである。まるで、白の絵の具にほんの少しの黒の絵の具が混じり、マーブル状に溶け合っていくように。
 ナオジの左手に持つライフルが震えているのを、衛生班に抱き起こされたリュッカリッテは見逃さなかった。衛生班は、リュッカリッテを両腕で抱えて革命軍の負傷兵が集まっている森の出口の方へと向かい、立ち上がったナオジは、先ほどリュッカリッテが倒れた場所から連れて行かれるのをぼんやりと眺めていた。リュッカリッテは衛兵班の男の肩越しからいつまでもナオジの姿を見つめていたが、薄暗さのせいで彼の姿が見えなくなると、男の懐でぎゅうと小さくなった。その仕草が苦痛のせいだと思ったらしい男は、もうすぐで着きますからとリュッカリッテを励ました。こくりと頷いたが、心配の種はそれではなかった。

 まもなく、パアン、パアン、パアンと、数発の銃声が森の中に響き渡る。リュッカリッテは、ああ、と呻き、怖気を覚えて、眉間に皺を寄せた。