41





 魔術店に戻され、アメツネがもう寝るというので、カヤナも先ほどまでイズサミと共に眠っていた寝室に戻った。すると、暗がりの中、ベッドの上にイズサミが起き上がっていて、部屋に入って戸を閉め、近づいて見下ろすと、彼は横目でカヤナを見た。

「あの人、大丈夫だった?」

 てっきり部屋を勝手に出て行ったことを責められるかと思ったが、そんなことはなく、至極穏やかに彼は問うた。カヤナは頷きながら、ベッドの端に腰掛け、身体をひねってイズサミに向き合う。

「魔力の使いすぎで消耗はしていたがな。寝て、力を取り戻すそうだ」
「そう」
「その……ごめん、勝手に出ていって」

 もしかしたら内心で怒っている可能性があるので、念のため謝ったが、イズサミは全然気にしていないようで、どうして謝るのとくすくす笑った。

「心配なのはボクも同じだもの。ボクとカヤナを守ってああなっちゃったんだから」
「そう、だな……」
「あの人、よく分からないけど、いい人だね」

 カヤナのことがよっぽど大事なんだよとイズサミは微笑む。先ほどの丘の上の出来事を思い出したカヤナの心は軋んだ。だが、イズサミにこのことは言えない――きっと永遠に言わないだろう、アメツネがこの先もカヤナのことを愛しく想っていると告げたことは。イズサミも分かっているのかもしれないが。

「イズサミ。ありがとう、私のそばにいてくれて……」

 散々泣きわめいて迷惑だったはず。懲りずに、ずっとカヤナのことを慰めてくれていたのだ。あれほど感情を他人の前でぶちまけたのは、生まれて初めてだった。しかもセツマのことで悲嘆に暮れていたのだ――イズサミを死に追いやった原因を作り出した男の消滅のことで。
 もはや申し訳なさしかなく、カヤナは深くうなだれた。すると、すかさずイズサミはカヤナの方に身を寄せて、そっと肩を抱いてきた。

「いいんだよ、カヤナ。つらいときはつらいって言って」
「……」
「カヤナはね、強すぎるの」

 ふふっと微笑し、いたずらっぽく言う。

「ボクをいつまでも頼ってくれないのは悲しいもの。嬉しかったよ、カヤナがボクの前で、ちゃんと心の中を吐き出してくれて。カヤナは昔から気が強いから、悲しいことがあっても我慢しちゃうじゃない。それって苦しいことだもの。無理しないで欲しいんだ」

 カヤナも彼の背中に両腕を回す。幼い頃は自分より小さく見えたのに、いつの間に広くて大きな男性の身体に成長していることに、カヤナは感動して瞼を閉じた。

「……セツマが消えて、悲しかったんだ」
「……うん」
「だってずっと一緒にいて、世話になって……突然、もう二度と会えないなんて……」
「そうだね……」
「でも……たぶん、これが正しかったんだ。あいつは人を傷つけすぎた。罰は下されなければならない」

 冷静になり、ようやく、そう思えるようになった。イズサミが言った「赦してはいけない」という言葉を受け入れなければならないのだ。
 カヤナはイズサミの額に自分の額を合わせ、淡黄色の瞳を見つめた。戸惑ったように、イズサミが瞬きをしている。

「……カヤナ?」
「イズサミ」

 もう、二人を隔てるものは、この世には存在しない。
 だから、告げるのだ。

「永久に、共にいよう」

 この言葉は、永劫なる安寧の地で、真実となる。

「私にはお前が必要だ。お前と共に在りたい。
 この先も、ずっと」

 彼の髪に指を差し入れながら、カヤナはイズサミの唇にそっと口づけた。一度放し、彼の瞳を見つめ、もう一度小さな接吻を繰り返す。それに応えるように、イズサミの二つの手がカヤナの背中に当てられ、力を込めて引き寄せられ、口づけが深くなる。
 それは、いつしか恋人同士のものに変わっていった。二人は、互いの唇をむさぼった。こっちに来てとイズサミがベッドの方へ引っ張るので、カヤナもそれに応えて這い上がった。仰向けに倒れたイズサミの上に、カヤナは寝そべり、再び口づけを繰り返した。激しく、強く。

「カヤナ」

 髪を撫で、名を呼ぶ声に、カヤナの目から自然と溢れていた涙が流れ落ちた。

「愛しているよ」

 見つめる先の男の表情があまりに優しく、満たされていて、カヤナの心もまた同じだけ満たされた。温かい水に全身が包まれているような安堵感に、カヤナは泣きながら微笑んだ。イズサミの指先が涙を拭ってくれる。

「永遠に愛しているよ」

 カヤナは頷いた。

「私もだ」

 彼の大きな手は、カヤナの身体を滑り、口づけは何度も繰り返され、髪は優しく愛撫され、カヤナもまたイズサミの頬や首を撫で、愛しいと囁き続け、いつの間に衣服は乱されて、窓から差し込む月明かりに照らされた二人の身体は、ぼんやりと白く輝くようで、互いの息は徐々に激しくなり、男は女を求め、女も男を求め、二人はいつしか繋がったのだろう。そこに、二人が心を痛め続けていた罪はまだ存在していたのだろうが、咎めるものは、もう何も無かった。まるで世界に赦されたようだった。その事実が嬉しくて、二人は静かに泣いていた。愛し合いながら泣いていた。ようやく一緒になれると。あなたが大切だと、離したくないと、もう失うことはないのだと、二度と別離に悲しむことはないのだと。