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 アメツネと共に転送されて彼の魔術店に赴くと、ベッドに腰掛けてアメツネの帰還を待っていたらしいクラトがいた。カヤナの姿を見るなり立ち上がり、カヤナ……!と驚きと歓喜の声を上げる。

「大丈夫か!?」
「ああ。クラト、無事でよかった」
「アメツネがセツマと戦ってくるって言い残したから、心配したんだぞ」

 もしかするとカヤナを抱きしめようとするような勢いで近づいてくるクラトの前に、すかさずイズサミが立ちはだかる。うっと声を上げてクラトは歩みを止めた。

「ボクがついてるから大丈夫だけど?」

 喧嘩腰だ。もうやめてくれないかとカヤナは火花を散らす二人からこっそり離れ、色とりどりの小瓶が並んでいる棚の前に佇むアメツネに寄った。

「この小瓶のどこかにいるのか」

 身の丈を縮小されて瓶の中に収まっているセツマを想像して、思わず笑いそうになる。棚のどの瓶にも、そんな彼の姿は無かったが。

「まあな……」

 アメツネは嘆息し、ゆっくりとカヤナを見た。今まであった目の暗さが消えていて、どこか吹っ切れたような彼の様子にカヤナは心底安心した。

「お前、やはり強いな。私もイズサミも、あのセツマを止めることなどできんよ」
「なかなかの戦士だ。魔術も剣術も使えるのであろう、その点では彼の方が勝っている」
「アメツネ、お前の魔術を世界から失わせるのは惜しい」

 もし消滅したいなら、せめて私にその魔術を譲ってくれと冗談で言うと、アメツネは小さく笑った。ようやく笑顔を見せてくれるようになったなと、カヤナもつられて顔をほころばせる。

「さて、これからの話だが」
「うん?」

 いったい何の話だったろうか(色んなことがごちゃ混ぜにありすぎて、カヤナはもはや何がなんだか分からなかった)。アメツネはのろのろと窓際にある椅子に腰掛け、近くのテーブルの上のポットから二つのカップに茶を注ぎ、片方をカヤナに渡した。受け取りながら、カヤナも近くにあった適当な木の円イスに座った。

「クラトを生き返らせようという話さ」
「ああ……対価は無事だったんだよな?」
「さすがに薬を失う真似はしない。セツマならきっと狙ってくるだろうと、厳重に保管しておいた」
「そうか。すまんな、あの馬鹿が迷惑をかけて」

 だいたいバルハラまで来て誰彼かまわず喧嘩をふっかける時点で、私があの男を好くわけが無かろうと、ぶつくさ言いながらカヤナはぐいと茶を飲んだ。隣でアメツネが苦笑している。

「私も他人のことは言えぬがな」
「そうだ、アメツネもアメツネだ。色んなところに転送しまくられて混乱したんだぞ。クラトは気を失うし、神殿は忽然と消えるし、この世の終わりみたいな戦いに巻き込まれるし……これでは生前と状況が変わらないではないか。できれば、そろそろ私は平穏に過ごしたいのだが」
「大丈夫だ。いろいろと方法は考えている」

 すると言い合いをしていた二人が(取っ組み合ったのか髪が乱れている)、息を切らしながらカヤナに近づいてきた。

「ねえカヤナ、ボクこいつ嫌い」

 後ろからついてくるクラトを指差し、イズサミが断言する。さっさと生き返らせるなりなんなりしてとアメツネにぶうぶう言っている彼の後ろから、クラトもまた怒った声を出した。

「好かれようなんて思ってないね。そもそもなんでお前はおれに突っかかってくるんだよ、カヤナはお前の彼女だからいいじゃないか」
「そうだよ、ボクのだよ。カヤナはボクの恋人なの、だから君がいつまでもカヤナのことを好きでいても仕方がないの」
「おれがカヤナを好きでいることは、お前には関係ないだろ。それに、おれは別に見返りを求めてるわけじゃない」
「そんなこと言って、ボクが知らないところでカヤナに手を出したりしてない?」

 そんなことしたらボクどうなっちゃうか分からないからね……と冷酷な声で言われたクラトは、なぜか頬を赤くしてイズサミを睨んだ。

「そっ、そんなことするわけがない!」
「なんで赤くなるの? ……もしかして君」
「騒がしいな。移動するか」

 急に身体に重力がかかり、辺りの風景がザザザと揺れ、場所が一変した。魔術の道具が所狭しと置いてある、あのにぎやかな店ではなく、非常に天井が高い静かな図書館のようなところだった。焦げ茶色の背の高い本棚がたくさん並んでいて、様々な色の背表紙の書物が無数に詰まっている。今いる場所は吹き抜けの一階らしく、脇にある階段やはしごを登っていけば、見る限り一番上の階である三階くらいまで行けるようだった。
 ぽかんとしている三人に、アメツネはあっさりと説明した。

「ここは、私の書斎でな」

 書斎と言うには、いささか大きすぎるのだが。

「集めた書を保管している。調べ物をするときに利用する程度だが」
「すっ……ごいな。タカマハラの国立図書館も大きいが、ここは……」

 首をぐっと上に向けて見渡すクラトに倣い、カヤナも呆然として建物の中を目で追った。蔵書は、三階の本棚までびっしりと詰まっている。頭脳派のセツマがいれば喜びそうなものだがなと、いちいちスケールの大きな魔術師に呆れて溜息をついた。

「お前は何でもありだな」
「まあ、何でもできるしな」

 近くにある、八人がけの大きな長方形の木製テーブルに揃えられているイスに座りつつ、アメツネは言った。どうして一人のためだけの図書館にこんな大きな座席が用意されているのか疑問だが、三人も彼に倣って適当なイスに腰掛けた。当然、イズサミはカヤナの隣だ(クラトはアメツネ側で、カヤナの斜め前に座っている)。

「ここで何をするの?」
「私からもいろいろと話がある。まず、クラトの蘇生に関してだ」

 またクラトが「蘇生なんて望んでない」と言い出すのかとカヤナは懸念したが、なぜか彼は無表情で黙ったままアメツネをじっと見つめているだけだ。どうして以前のように抵抗しないのか問いたかったものの、カヤナはあくまで彼の蘇生を望んでいる人間なので我慢した。