望美が福原に行くことを決めた翌日の朝。

「望美さんは、馬に乗ってください」

 望美が門から外に出ると、清良の邸の家人が出迎えてくれた。手足が長く細身で、とても背の高い男だ。細い一重の目のせいで、いつもにこにこしているように見える。彼は、この世界で一番気さくに話しかけることができる人間だったので、その男が福原への案内役だと分かると、望美の顔は、ぱっと明るんだ。

「忠さん! 忠さんが福原まで送ってくれるの?」
「はい。おれの故郷が摂津なんですよ」
「そうなんだ」

 相槌を打ち、望美は少なくまとめた荷物を忠さん――もとい忠太郎に渡す。近くに行くと、望美がぐっと首を上げなければ、忠太郎の顔は見えない。望美の頭二個分は高い身長だ。

「ごめんね、忠さんも忙しいのに」
「かまいませんよ。清良さまから事情は聞きましたんで。さ、馬に乗ってください」

 忠太郎の隣に用意されていた馬の都波に、望美は、忠太郎の手を借りてまたがった。そのとき、表門から、清良がひょっこりと顔を出した。

「望美をよろしくね、忠」
「はい」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫ですよ、向こうには妹しかいませんし、部屋も余ってますから。苗(なえ)も喜ぶと思います」

 忠太郎の言葉に、望美はきょとんとした。

「部屋?」

 首をかしげると、忠太郎が人差し指を立てながら振り返った。

「望美さん、向こうに行っても泊まるところがないでしょ。だから、おれと妹の家を使ってもらおうと思って。福原から少し離れてるんですけど、そんなに時間はかからないところにありますから」
「えっ、でも、いいの?」

 聞いていないと顔に書いて、望美は清良を見た。清良は、門のところにもたれかかり、腕を組みながら、つっけんどんに答えた。

「突然だったからね。福原に頼む当てはないし、住む場所を用意する暇もないでしょ」
「ご、ごめんなさい……」
「忠が摂津出身で良かった」

 微笑み、清良は忠太郎を見た。清良にしては、ずいぶん穏やかな笑い方だった。忠太郎はそれに答えるように小さく頭を下げると、馬の手綱を手に取った。

「じゃあ、行きましょう」
「う、うん」

 戸惑い気味に頷く望美に、二人の様子を眺めていた清良が笑いかけた。

「じゃあ、元気でね」

 いつもの調子で言ってくるが、清良の心境を知る望美には、その笑みと言葉は、どこか不自然に感じられた。

「……うん」
「迷惑かけないようにね」
「清良。私、戻ってくるから」

 望美は真剣に言った。だが、清良は言葉を発することなく、ただ穏やかに手を振るだけだった。