辺りはすっかり暗くなっていて、電灯がともり、人の姿もまばらだった。

「昼間は暑くなってきたけど、夜になるとまだ涼しいね」
「ええ」
「ねえ香穂ちゃん、もしよかったら駅前に行かない?」

 思い切って誘ってみると、案の定、日野は火原を見上げて怪訝そうにした。

「はあ。どうして」

 やはり、この返しである。火原は落ち込みながら、それでも表情には出さずに答えた。

「いや、別に用事はないんだけど。あ、よかったらジェラート食べる? 駅からちょっと離れたところだけどお店があるんだ。それとも海の公園に行く? 夜になると暗くなっちゃうけど、雰囲気いいし」

 矢継ぎ早に言ったあと、でもさすがに後者だとデートみたいかな……と眉間にしわを寄せて考えていると、日野は淡々と問うてきた。

「火原先輩は、どうして私を気に懸けるんですか」

 えっと跳ねあがる心臓を感じて火原は日野を見る。

「き、気に懸けるって?」
「前にも同じことを訊きましたけど、火原先輩によくしてもらうほど何かしたことはないと思うし、私でなくとも先輩と仲のいい人たちはいっぱいいるじゃないですか。私、喋るの得意じゃないし、愛想悪いし、一緒にいても退屈しません?」

 なるほど愛想が悪いという言葉が世間一般の日野への評価なのかもしれない、そして彼女には自覚があるのだと妙に納得しながら、しかしその言い分は間違っていると火原は真面目に言い返した。

「香穂ちゃんが愛想悪いなんて、おれ、思ったことないよ。退屈するなんて感じたことは一回もない。むしろ楽しい? いや、楽しいというより、なんだろう。なんていうか、きみのことを放っておけないんだよね」

 平然とした態度で言っているつもりなのだが、だんだんと顔が熱くなってきた。日野を見ていられなくなって、首の後ろを手を押さえながら、うつむく。

「その、さ、その……
 きみと、もっと話したいって思うんだ。本当にそれだけなんだよね、きっと。きみと仲良くなりたいんだよ。おれは先輩だから先に卒業することになるし、せっかくコンクールに参加する仲間として知り合えたんだから、この機会を大切にしたいなあと思ってて……」

 愛の告白になっていやしないかと心配で、額からは汗が噴き出ていた。女性と話すときに、こんなにも緊張したのは初めてだ。身体が熱くて、当たる夜風が爽快だと感じるほどだった。
 日野がこれを愛の告白と受け取っていたとしたら、この場から脱走してしまいたかった。彼女に対する気持ちを自覚してから、なんだかもうどうにかなってしまいそうなのだ。けれど、心のどこかで、もっと仲良くなって日野もまた自分のことを好きになってくれたかもしれないと感じたときには、この想いをぜひ伝えたいとも考えていた。

「私、寄りたいところがあるんです」

 日野の一声に、火原は我に返った。慌てて日野を見ると、彼女は校門の外を見つめて、どこかぼんやりとした様子でいた。

「話をするなら、そこでもいいですか」

 これは、火原の誘いに対する一種の承諾だ。もちろん!と自分でもびっくりするほど大きな声が出た。

「いいよ。どこ?」
「帰り道の途中にある公園です。住宅街の中の」

 日野が一人で歩き始めたので、火原は慌てて後を追った。