駅前通りは、休日ということもあって混雑していた。道すがら、ちらほら知り合いの顔を見かけたが、人混みが邪魔をして、こちらの存在に気付かれることはなかった。
 駅舎のすぐそばにあるイタリアンの店は人気があり、人が並んでいて、十五分程度待つことになると店員に言われて日野に相談したところ、素直に待つと言ってくれた。用意されていた椅子にちょこんと座る日野がいることが、もうなんだかとても嬉しく、考えてみればこれってデートみたいだなあと密かに彼女の隣で照れたりしていた。店の席についても、比較的好物だという和風パスタを楽しそうにメニュから選んでいたし、言葉少ななのは性格なようなので仕方ないが、火原の質問にぽつぽつと答えてくれたりもして、食後にアイスカフェオレを静かに飲む姿を見つめながら、ごく普通の女の子だ、と火原は思った。そもそも自分は彼女を一体何だと考えていたのだろう。これまでの経緯を思い起こしてみれば、煙草の件以外は、彼女は至ってまともな意見を持っていたし、ものをはっきり言う態度も火原には好感を持てた。

「おいしかったです。ごめんなさい、ごちそうになってしまって」
「ううん。後輩におごってあげるのって先輩の夢だから。おれも嬉しかったよ。ありがとう」

 店を出て、さてどうしようかと駅の前まで歩いて立ち止まったとき、すぐ斜め後ろにいたはずの日野の気配が急になくなったので、あれっと見回す。人が多いせいで一瞬誰が誰だか分からず、幸い彼女は制服姿だったのですぐに見つけることができたのだが、見えたのが街路樹に片手をついて気分が悪そうにうなだれていた姿だったので、火原はびっくりして駆け寄った。

「どうしたの、日野さん! 体調悪い?」

 伏せている顔を起こそうと、肩を触る。その肩の骨ばった細さに驚いて一度、手を遠ざけてしまった。いくらなんでもこの少女は痩せすぎではないだろうか。

「日野さん、大丈夫? 吐きそう? どこか座ろうか、ね」

 覗き込むと、顔が真っ青だった。貧血でも起こしたのだろうか。近くにあった花壇の煉瓦の囲いに導き、先に座っていた人に少し場所を譲ってもらって、そこに座らせる。火原も隣に座り、日野の背中をおそるおそる撫でた。

「何か欲しいものある? 水、買ってこようか?」
「……大丈夫です」

 とは言うものの、口調はずいぶんと弱々しい。多分の休日は家にいることが多いと言っていたし、もしかして体調不良を起こすかもしれないから、本当は外出などはしないほうがよかったのかもしれない。どうして自分はいつも考えなしなのだろう。申し訳なさと罪悪感でいっぱいになって、ごめん、ごめんねと何度も謝った。

「おれがいけないんだ。日野さんに無理させたんだよね」
「いえ、本当に、大丈夫です。火原先輩のせいじゃないから……」

 手が小さく震えている。日野はスカートのポケットから煙草を取り出したが、あ、制服だった……と呟いて、またそれを仕舞った。本当は吸いたいのだろう。もし落ち着せる効果があるのなら、人のいない場所で早く吸わせてやった方がいいのではないだろうか。火原は辺りを見回し、思いついて言った。

「日野さん、近くのスーパーの裏手に行こう。多分もの置き場とかあると思うから。従業員の人がいるかもしれないけど、人が多いここよりましだよ。本当はトイレみたいな個室がいいと思うんだけど、禁煙だろうから」
「あの、心配しないで。平気です……少し休めば」
「煙草を吸うと落ち着くんだよね? 顔が青いよ。ね、早く行こう」

 火原は、半ば強引に日野の手を取ると立ち上がった。引っ張られた日野も腰を上げるしかなくなり、人を避けながら、駅から少し歩いた場所にある、火原もたまに利用するスーパーと小型ビルの間を入った。少し行くと、ビル群に囲まれた小さな空き地になっていて、品物の銘柄が印字された空の段ボールが山積みになっていたが、幸い人がいなかったので、ここなら大丈夫だよと日野に促した。