君に出会ったことが、僕にとって幸福だったのか不幸だったのかは分からない。
 けれど君に出会わなければ、きっと僕は愚かで寂しい人間のままだった。





 次に僕がキリエヴィルのフランシスの家を訪れた時には、もう彼はこの世にはいなかった。
 彼は、最後に僕が会いに来た翌々日に亡くなったという。彼の妻もその一年後に亡くなり、家は父親と同じく医者となった子どもが継ぐことになった。家族の話によると、フランシスの亡骸は町外れにある墓地に弔われているらしい。
 聖地にいる僕にはたった数週間の出来事だったが、彼の星では一年以上が経過していた。長いあいだ墓参りが出来なくて申し訳なかったと謝る僕を、僕のことなど知らない家族は不思議そうな顔をして眺めていた。
 町の花屋で一束献花を買ってから、赤い実のなる木々に囲まれている、静かでひっそりとした墓地を訪れた。整然と並んでいる墓の中に、彼の名前が刻まれている石を見つけた。綺麗に裁断された分厚い石板が突っ立っているだけの、元貴族だったとは思えないほど単純な墓だった。新しい白い花が、墓石のすぐ側に添えられていた。彼の家族か知り合いがつい最近、供えに来たのだろう。
 僕は、長いあいだ墓に刻まれた彼の名前を眺めていた。
 フランシス。
 名の後には、僕の知らなかった姓が刻まれている。本当の彼の姓なのか、それともこちらに移り住んでから彼が考えたものなのか、はたまた配偶者の姓なのかは分からないが、それは僕の知らないフランシスだった。彼は、この星で、聖地のフランシスとは違う人間として暮らしていた。
 きっと幸せだったのだろう。彼の妻も、彼の面影を受け継いだ子どもも、フランシスという男のことを愛していたのだと、そう思える。彼は愛されていた。つらい過去を背負い、愛を避けていたとしても、やはり自分には愛されてしまう資格があるということを、彼はこの地で悟ったのかもしれない。それでもフランシスが内に眠り続ける憎しみと罪を許して死ねたわけではないのだと、僕には分かる。彼はそういう人だ。しかし誰も傷つけまいと、自分の家族には過去を話さなかった。きっとそうだろう。彼にはそういう強さがある。そして、いつまでも自分を許すことの出来なかった、強さゆえの弱さがある。

「フランシス」

 そっと墓石の上に手を置くと、僕は彼の名前に向かって微笑みかけた。弱々しい笑みだったろうが、それでも無理矢理に微笑んだ。
 君は、本当は僕に来て欲しくなかったかもしれない。

「さよなら、だ」

 手に持っていた花束を置き、墓石にそっと口づけをする。
 それはかつて、君が友情の証だと教えてくれた、あの口づけと同じ。