昼休み、様子を見に行くと、ミレイユが起きていた。叩かれた身体が痛み、ベッドから起き上がれない様子だった。診療所に勤務している受付嬢には詳しいことを言わず、ミレイユを看ていてくれとだけ頼み、私は通常通り午後の診療をこなしていった。いつ彼女の義父が現れるか分からないため、仕事中もずっと緊張していた。顔色が良くなかったらしく、患者から「先生、大丈夫ですか」と言われる始末だった。
 幸い、その日は、誰もミレイユを訪ねてくることはなかった。夜になり、ミレイユに診療所を抜け出さないようにと言い聞かせ、再び薬で眠らせた。そしてまた方法を考え始めたが、やはりどうしようもなかった。このまま義父がミレイユのことを諦めてくれることが一番なのだが、外部に虐待の事実を漏らすかもしれないミレイユや私の存在がある限り、その可能性はゼロに等しい。それに、今まで私たちに協力していたランドリーのことも心配だった。もし彼が加担者だと知られれば、ただでは済まないはずだ。出来れば逃げてくれと伝えたかったが、いま彼女の屋敷の周辺で彼と接触を取ることは危険だった。
 いつも迎えに来てくれる馬車の馭者に、私の家族にしばらく帰れない旨を伝えてくれと頼んだ後、診療室に戻ると、あまり薬が効かなかったらしいミレイユが身体を引きずってやって来た。私は慌てたが、ミレイユは悲しげに微笑み、私がここを出て行けば全て済むことだわと全て悟ったような様子で言った。
 私は許さなかった。それはミレイユの死と彼女との別れを意味していた。それだけは出来ないと強く言うと、耐えきれなかったようにミレイユはしくしくと泣き始めた。私たちが出逢ったのがいけなかったのだと。自分のせいで色んな人を巻き込んでしまったと。いや違う、全ての元凶は君の義父なのだと言い聞かせるが、ミレイユは泣くばかりだった。
 何か方法があると信じていたが、八方ふさがりであることは分かっていたし、心の中にはすでに絶望が存在していた。だが私はそれを認めたくなかった。一度診た患者を見放すことなど出来ず、何より私が彼女を失いたくなかった。彼女が誰かに奪われることも許せなかった。彼女や私の周囲の者を脅かす男への恨みが募って、義父など死ねばよいのにとまで思うようになっていた。しかし、ミレイユがかつて逢瀬の時に私に言ったある言葉を思い出し、それは絶対にしてはならないことだと必死に自分に言い聞かせた。
 それから三日経った。なぜかミレイユの義父に居場所が見つかることは無く、誰かが訪ねてくるという気配もなかった。不思議に思ったが、あまり疑って自分から調べ出しても逆に怪しまれることになる。ミレイユもだんだん落ち着きを取り戻し、笑顔を見せてくれるようになった。少し無理のある笑顔だったが、パニック状態でないとき以外は、至って穏和だった。ベッドから起き出して、私の休み時間に話しかけにくることもあった。彼女の面倒を見てくれている受付嬢には、患者にも私情があるため、彼女のことは絶対に口外するなと強く言いつけた。