逢瀬は長くは続かなかった。長く続けることなど出来ないと心のどこかでは分かっていた。私が彼女を連れ出すタイミングが早ければ、こんなことにはならなかったかもしれない。いや、連れ出して、遠くに逃げたとしても、義父に見つかればミレイユだけではなく私の周囲のもの全てが破壊されただろう。逃げ出すことは、母と妹、患者たちを見捨て、仲間たちを裏切るに等しいのだから。
 元から、私は彼女を連れ出すことなど出来はしなかったのだ。ミレイユと、私の家族や仲間や患者を天秤にかけることが不可能な時点において、すでに。
 ミレイユが、あるとき義父からすさまじい暴力を振るわれ、ランドリーの指示を元にメゾンテラピーへと駆け込んできた。その日の診療を終えてカルテを書いていた夜のことだったので、私はまだ診療所で残業をしていた運の良さに感謝した。彼女は必死に嗚咽を押し殺しながら、むちゃくちゃに鞭で打たれた肌から赤い血を流していた。最悪の事態が起こったと私は思った。私の存在が義父にばれたのだ。
 ひとまず彼女を落ちつかせて手当をし、詳しい事情を聞いた。予想通り、義父にミレイユが男と逢っていることに気付かれたということだった。その男が私であることはまだ悟られていないらしい。だが、義父はミレイユを探しに来るだろう。そしてミレイユがここにいることがばれたら、診療所そのものが危機にさらされることは間違いない。それだけは避けなければならない。
 恐怖と痛みでパニックに陥っていたミレイユを睡眠薬で眠らせ、私は考えた。診療所の仲間たちは信頼できるし、三人に相談してもいいが、相手が警察官だと知れば、ミレイユを診療所で保護し続けるという意見には首を捻るだろう。彼らにも生活があり、頼ってくる他の患者たちがいる。関係の無い彼らまでも巻き込むことは避けなければならない。
 中心部から遠い私の母と妹のいる屋敷で保護してもよいが、これでは身元を自ら晒すことになり危険だ。しかし、他に保護が出来る場所などない。どこかに隠したとしても、気付かれたら今度はその隠し場所にいる者たちが巻き込まれる可能性がある。友人にも頼めない。被害者を増やすだけだ。仕方なくミレイユを義父の屋敷に戻せば、彼女は義父の暴力によって更に傷つく。それも出来はしない。
 ならば、自分が保護するしかない。最も被害の少ない――いや、自分以外を決して巻き込まない方法で。そのためには一体どうすればいい?
 考えてるうちに朝になった。私は義父に見つかることに怯えていたが、今日もまた患者たちが診察を待っているし、いつも通り診療所を開けなければならなかった。極力平静を保ちながら、私は頼ってくる人々に診療を施した。私の患者はミレイユだけではない、ミレイユだけに執着してはいけない。私は出来る限り多くの人を救わなければならない医者なのだ。