それから何度かミレイユに会い、診察をしていくうちに、以前よりも彼女が自然に接してくれるようになるのが分かった。初診のときの、あの妙なこわばりが無くなり、私が来るのをむしろ楽しみにしているようだった。相変わらず義父には怯えていたが、私やランドリーとの関わり合いを通じ、外の世界に出たいという気持ちが強くなってきたらしい。連れ出したいのは山々なのだが、私にも時機をうかがう必要があった。昔から執着してきた義父の気持ちがミレイユから逸れることは無いだろうし、情報の流出を徹底的に避けている男に頼んでミレイユを診せてもらうことも出来そうにない。それに、私も診療所を守らねばならなかった。私のわがままな言い訳を、ミレイユは理解して受け入れていた。
 彼女は聡明で優しい人間だった。初めの頃は不必要に踏み込まないようにと警戒していたようだが、今は外の世界をなんでも知りたいといった様子だった。私も彼女を放っておくことは出来なかった。それは医師としての責務であったし、同時に、こんなにも美しく凛とした女性をこの世から失わせたくないという自分自身の願いでもあった。
 元より、義父の他には、私とランドリーしかいない彼女である。私は、彼女の気持ちが少しずつ自分に傾き始めていることに気付いていた。そして私もまた、彼女を救いたいという気持ちの中に恋慕が混じっていることを感じていた。小さな身体にある強い意志と思いやりが好ましかった。私たちの密かな逢瀬は、恋人たちのそれに変わっていった。義父がサロンに出てすぐのときに屋敷にたどり着ければ、逢瀬の時間が長くなり、私の心は弾んだ。ミレイユもまた、私を受け入れた。医師としての診断が終わったあと、恋人として口づけを交わしたのはとても自然なことだった。心のどこかでは患者と関係を持つ自分を咎めていたが、彼女と逢っているのは休診日なのだからと自分をごまかした。私の部屋や診療所に連れて行くことが出来ない以上、逢瀬はミレイユの屋敷に限られたものだったが、私は彼女が好きだったし、短い時間だが彼女を抱くこともした。無垢な彼女が微笑むことが、私には心地よかった。そして彼女をこの屋敷の主から救い出したいと希うようになった――患者だからという理由だけではなく、愛する人だからという理由にもよって。私たちは密かに共に暮らす約束をした。いつか君にたくさんの世界を見せてあげたい、そしてずっと私の側にいて欲しい。私の言葉に、ミレイユが嬉しそうに微笑んだのが今でも忘れられない。