聖地にて闇の守護聖として就任した後、私は色々なことを考えた。
 聖地のものが全て目新しいことはさておき、ひとまず宇宙の支配とやらがどのような仕組みになっているのかを知る必要があった。守護聖としての仕事を覚えながら、会話や文献などで様々なことを探っていった。宇宙は一つだけではなく、私のいる聖獣の宇宙はたまたま最近できたものだということ。守護聖が誕生し、力を発揮できるまでの創世期の危機を救うために使者が各惑星に赴いているということ。宇宙の女王は時間を自由に操作することができ、各属性の守護聖が女王の補佐として惑星を育成する役目を負っているということ。女王や守護聖は時おり星を視察し、問題があれば干渉しつつ、健全な形を保ちながら星を育成することが使命であり、守護聖は己の力尽きるまで補佐の運命から逃げ出すことが出来ないということ。
 私は、得体の知れない者たちが自分の星を監視し、操作していたということにぞっとしたが、その思いもいつか晴らされる日が来ると考えると、胸の奥が不穏にざわついた。聖地においても、日々彼女を失ったという悲嘆と、彼女を救わなかった者たちへの憎しみにとらわれて生きていた。キリエヴィルにいるときよりも私の荒ぶる心は解放され、憎悪は外に漏れ出でていただろう。私を優美で穏やかな人間だと思い込んで近寄ってくる人々を、内心嘲笑していた。自分の態度がそうあることも、私の復讐の一貫だった。
 だが、聖地がどんな場所であるかを探れば探るほど、聖地に住まう人々は神でも何でもないということを知り、私は立ちすくんだ。
 聖地の頂点に君臨する者たちは、星々の運命を司るといいつつも、必要以上の干渉は決してしなかった。時々聖天使が過剰に星に干渉して叱られることはあったが、我々の影響によって生まれた余分なひずみは、女王が時間を操作して正すことにしていた。つまり、どんなに守護聖や聖地の住人たちが監視下の星々に干渉したとしても、それはそうしなかったように歴史が正されるのだ。ある意味恐ろしいことだったが、運命を握るということは、死ぬべきできない人を救うだとか、無意味な戦争を止めるだとか、恐ろしい未来を書き換えるだとかそういった意味ではなく、単に星の視察をし、どのように星が育ち、滅んでいくのかというデータを取ることにあるようだった。女王も守護聖たちも、星を一から育てるための――たとえば生命が生まれるための氷と海をつくり出すとか、植物の最初の種を一粒落とすだとか、創造という途方もない力のみを与えるだけで、それ以外には手を出さない。聖地の管轄下の星に生きる人々の運命がどうなろうが、誰が生きようが誰が死のうが、聖地にいる者たちには関係が無かった。人は勝手に生まれ、勝手に死ぬ。星の上には独自に繰り返される生物たちの生命があり、それらは星々の上で知らないうちに進化し育まれている。我々は、生命たちが己の力で前進していく土台を作るだけの存在に過ぎず、生物たちが一度星の元で歩み始めたら、もうそれ以上、その星に関わることは無く、ただ見守るだけの存在だった。
 私は、聖地にいる人々が、キリエヴィルにいたミレイユという一人の女性の運命を知り、握っているわけではなかったという事実に落胆した。確かに聖地は星々を支配しているのだろう、だが、たかだか一つの惑星の一人の女性の運命を左右するためにここは存在しているわけではない。確かに最初に星を誕生させたのは聖地の者たちだが、聖地は子宮に過ぎないのだ。私の復讐する対象など、元よりここには存在していなかった。それに気が付いた時には、外界の時は容赦なく過ぎ去っていた。私のキリエヴィルの過去は、既に遠い時代に引き離されていた。今戻ったところで、家族も、仲間たちも、憎き男も生きてはいないだろう。
 私は空虚になった。心の中に、彼女を失った嘆きと、どこにもぶつけられない憎しみを抱いたまま、暗闇の中で孤独となった。
 しかし、いくら干渉はしていなかったといっても、この聖地の人々が様々な時代のキリエヴィルを熟知していたことは確かだ。だから、もしかしたら彼女の残酷な運命も変えられたかもしれなかった、見逃すことは出来なかったかもしれなかった、あの尊い命を救えたかもしれなかった――そう思っていなければやっていけなかった。どこかに憎しみを向けなければ、内に秘めた苦痛と喪失感で破裂してしまいそうだった。
 私は、自分を守るために、聖地にいる誰かに私と同じ思いをさせることにした。愛しい者を失うという痛烈な悲しみを、この地にいる者にも味わわせるのだ。女王を殺せば宇宙そのものが揺らぎ、崩壊してしまう。全生命の滅亡など私は望んでいない。それでも、誰かを私と同じ目に遭わせて、苦しませてやりたい。そうしなければ気が済まない。じわじわと、気が付かれることなく、私が抱くものと同じく、死ぬまで永遠に続くような悲しみを焼きつけてやりたい。
 都合のいい、一人の青年がいた。それはつんけんしながらも私を慕ってくる、同じ守護聖という立場にいる、芸術家気取りの若い男だった。