その時の私は、家族と仲間と患者のことを二の次にしていた。全身に復讐の炎が轟々と燃えさかっていた。
 多くのことを引き継がなければいけないため、少し時間がかかると言って、使者には一度聖地に帰ってもらった。
 丁度そのとき妹の誕生日が近く、彼女は結婚することになっていた。相手は私よりも爵位の高い男で、妹とはサロンで知り合ったらしい。この世界では珍しく恋愛という形で妹を見初めた、穏和で優しげな男だった。私は、これから聖地という場所に行くため、もう戻ってくることが出来ない、母の面倒も見られなくなるので、妹の夫に母のことは任せたいと頼んだ。母も妹も意味が分からないと混乱して嘆いていたものの、私が、今の診療所に来る者たちだけではなく、多くの人々を聖地から救うことが出来るならば、これも私の運命であるのだと長い時間言い聞かせると、どうにか納得してくれた。聖地などという話自体、彼らにとってはおとぎ話だったろうが、使者にも共に彼らを説得してもらった。仕事でかなりの額になっていた私の財産は、聖地に持って行ったところで利用できないので、残る家族のために全て置いていくことにした。
 診療所の仲間たちにも同様に話し、散々渋られたあげく、最後には理解してもらった。意味不明なことを言い出す私を気が狂ったと思ったらしいが、これもまた使者に説得してもらい、私の診療所と患者たちを別の精神科医に引き継ぐことが出来た。その精神科医は以前サロンで知り合った人間で、私と同じく家計に苦労しながら資格を手に入れ、中規模の病院で働いている男だった。私の診療所がそのまま引き継げるという話なので、ようやく独立できると彼は大喜びした。
 こうして後に残すものが無くなると、使者が迎えに来る出発の日、私は再びランドリーとミレイユの墓へ行った。聖地では時間の流れが違うという。彼らに会う機会は、これが最後になるかもしれない。ランドリーに弔いの花を送った後、私は、ミレイユの墓前にバラの花束を置き、墓石にそっと口づけをした。
 いつまでも君だけを愛している。他の誰を裏切ろうとも、君だけはこの先も裏切ることはないだろう……