単調に日々が過ぎ、三年ほど経った頃、一人の少女が現れた。それは、伝説といわれる聖地から来たという使者だった。私はもちろん彼らの説明など信じてはいなかったし、守護聖の力が私にあると言われても腑に落ちず、どこかの宗教の妄想だろうと思っていた。もし聖地に来たら、故郷であるこの世界には戻れず、家族にも会えなくなると聞かされて、どれだけくだらない作り話なのだとますます呆れてしまった。聖地などの話を抜きにしても、私はこの都市から離れることなど出来ないし、離れる気もない。滑稽な説得をやんわりとかわしつつ、使者を追い払った。
 だが、使者は何度も私の元にやって来た。私が承諾するまで、いくらでも説得しに来ると言った。あまりのしつこさに、冷たい言葉を言い放って追い払うこともあったが、使者は諦めようとしなかった。ここを離れられない事情を説明すれば納得して帰るだろうかと思うも、使者が信頼のおける人間かどうかが分からない。では、私を説得するために聖地という場所について詳しく説明してくれないかと頼むと、使者は意気揚々と語った。聖地は時間の流れの違う場所で、宇宙の星々を創世している場所であると。そして、時に人間たちに干渉をしながら、星の成長と運命を見守り司る者たちが集っている空間なのだと。
 私は、使者の話を聞きながら、猛烈な憤怒を覚えた。それは、私がこの星を去り、聖地へ赴こうという気持ちを起こさせるほどの怒りだった。時間を司り、星に干渉し、運命を左右する存在が、本当にこの世にいるという。それではまるで聖地に住む者どもは神ではないか。実際に神は存在しているのだと使者は言いたいようではないか。
 この空のどこかに神じみたものが存在し、キリエヴィルはかつて聖地より遣わされた使者によって救われた星であると言われた日。愛しい者を失ったという倦怠感を引きずって生きている私に、聖地からの使者は、かつてのキリエヴィルに生きていた人々の苦労を知れば、あなたはそんな態度で生きられなくなると告げた。使者こそが、昔のキリエヴィルを救った張本人であるということも。
 使者の話を聞いているあいだ、私の顔面は蒼白だった。心の奥深くに押し込めていた、あの暗い憎悪が、胸の内に沸々と甦っていた。それは、憎き男を殺せないという苦しみだけではなく、本当に神が存在し、私たちに干渉をしているという事実への、想像を絶する怒りだった。
 時間を司る神だと? 人の運命を見守る神々だと?
 ならばなぜ、あの時、お前たちは私の愛しい人を助けてくれなかったのか!
 得体の知れない人間が星に現れ、干渉することが許されていたのならば、あの日、彼女が自ら首を吊ったあの悲しみの日、どうしてお前たちは罪なき女性の自殺を食い止めることが出来なかったのか!
 星と人々の運命を司るのならば、お前たちの勝手な干渉が許されているのならば、私の愛しいミレイユを救うこともお前たちには出来たはずだ!
 なのに、お前たちはそれをしなかった!
 彼女は死んだ! 首を吊って! 私が辿り着く前に、たった一人きりで、あの恐ろしい孤独な屋敷の中で!
 私の父の代わりに幼き私を殺すことも、義父によるミレイユへのいわれのない暴挙を止めることも、運命を司るお前たちならば出来たはず! それなのに、大昔のキリエヴィルを救ったことを今更私に押しつけるというのか、何百年も経った後世を生きる私に、今を救えなかったお前たちが、私の知らない時代の責任を持てと! 現在すら救えなかったお前たちが……!
 許さない、許さない! 知らないところで星々を見守り運命を司る存在がいることなど許されない。彼女の運命を知りながら変えなかった存在がいることなど、私は絶対に許さない。私は永久にお前たちを憎む!
 目の前の使者を今すぐ殺してやりたい衝動に駆られたが、無垢な目で私を見つめている使者に対し、この者は単なる使者であって責は無いのだと、私の中にある良心が私を躊躇させた。しかし同時に、ある一つのことを思いついた。
 聖地という、私の憎むべき者たちがいる世界へ行き、復讐をするのだ。神がいるならば、ミレイユを見捨てたという罪により、この手で罰を下してやる。彼女の運命を変えなかった張本人が誰であるのか分かったら、その者も彼女と同じように苦しませて殺してしまおう。私は、この都市に生きる家族と仲間と患者のために、あの男を殺すことが出来ない。ならば、憎き男に未だ生を宿し、彼女の悲劇を形作った元凶に復讐をするまで。
 私は使者の申し出を承諾した。
 良いでしょう、私は守護聖という存在になるために聖地へ行きましょう。