それから何度か墓参りに行くと、周囲に奇妙な噂が流れ始めた。私も多くの患者を相手にしている人間なので、ある程度、街での顔は知れている。墓にいた私をたまたま見かけた誰かが噂を流し始めたのだろう、サイコテラピストのフランシスという男が、やたら亡くなった患者の墓に花を供えに行っている、と。それはじきに、その患者がただならぬ仲にある女だったからだというものに変わった。彼女の生前、舞踏会に誘われても来なかったのは、その女が私を独り占めしていたからであると。
 ミレイユが私の恋人――確かに、それは事実だったが、ミレイユの相手は本当の私ではない。周囲の知る私は、保護した女性が失踪するまで短い恋をした、単なる街の精神科医だ。ランドリーがこの世を去った今、私と彼女の関係を知る者は誰もいない。
 患者に恋をした哀れな医師を貴族たちは嘲笑っていた。患者と恋に落ちるなんて、しかも身分違いなのに、ああやって何度も墓参りをするのは、患者を失ってしまったことによる診療所の信頼の喪失を防ぎたいからだ、そして死んだ彼女の高貴な父に取り入りたいからだろう。
 私は心を貝のように閉じた。何も聞くまい、何も話すまい。だが、いくら聞かない振りをしていても、中傷を耳にするたび私の心はひどく傷ついた。仲間たちが落ち込んでいる私を懸命にフォローしてくれたため、診療所の信用度が落ちて患者が減るといったことは無かったが、しばらくのあいだ、貴族たちは私を馬鹿にしていた。舞踏会に呼ばれ、嫌味を言われても、私は何事もないかのように振る舞った。私には守るべきものがあった。家族と仲間と患者、それが今の私の全て。
 心を圧し殺しているうちに、私の中から感情が消え、心が渇き、外界からの刺激に対して鈍くなった。それは精神を崩壊させないための自然な防衛手段だったのだろう。同時に、人を真っ直ぐに信頼することが出来なくなった。家族や仲間たちを想う心さえ、まるで朧月のように曖昧になった。社交場で交わされる愛の囁きなどは、もはや空虚で些細な呼吸でしかなかった。