義父がいつ来るか分からない不安はあったが、一時的にも平和な場所でミレイユと共にいられることは幸福だった。近くで毎日彼女の言葉を聞き、様子を見られるのは嬉しい。定期的に母と妹の待つ自宅に戻り、診療所に泊まる時にはミレイユのすぐ側にいるようにしていた。この間に誘われた舞踏会やサロンは全て断った。ミレイユは、診療所のほかの科に入院中だった年下の少女と仲良くなり、その少女と話すようになった。初めて友人として接することに戸惑うこともなく、彼女は嬉しそうにしていた。このようなごく日常的なことも、軟禁されていたせいで今まで知らなかったのだろう。彼女は自由になった。他人が幸せそうでいる姿を見て自分も満たされる感覚を抱いたのは、これが初めてだった。
 出来れば、このまま義父に見つからずに済めばいい。私の側にいれば、少なくともミレイユは安定している。いつまで、とは考えたくなかった。他に方法が見つからないのだから。もし義父に娘を探す気が無いのだとしても、彼女を私から離して一人にすることは避けたかった。私には、ある一つの危惧があったのだ。彼女が自ら命を絶とうとするのではないかという。
 命を絶てば、私と義父以外の全てが元に戻ることをミレイユは悟っている。義父は娘を失うが、それは彼にとっては大した問題ではないのかもしれない。だが私にとっては、彼女の喪失は私の心の死と同じだった。目に入る場所に自殺に繋がる道具を一切置かないよう細心の注意を払った。もともと精神的な病の患者を収容する施設には、彼らが自由に出入り出来る場所は作らない。薬品などを勝手にいじられてしまっては困るからだ。病が重たい者の部屋には鍵をかけ、半ば軟禁状態にする。私もそうせざるを得なかった。彼女を再びそのような監視下に置くのは気の毒だったが、仕方がなかった。ミレイユは自身の状況を理解していたし、私が彼女を愛しているということも知っている。下手な行動をとるおそれは無いだろうが、それでも心配で、安定しているとき以外は出入りが出来ないようにと部屋に鍵をかけていた。そうすることで、私は安心していた。義父と似たようなことをしているのは分かっていた。しかし、これは治療の一貫だと自分に言い聞かせ、ミレイユにもどうか理解して欲しいと訴えた。