セイラン、お前にはまだ
 残っているものがある
 その残っているものは、失われない限り
 お前を救うだろう





 彼がいなくなって、聖地に一人きりになって、どんなに心が冷たく閉ざされても、僕の内にある創作意欲は消えることがなかった。
 “つくること”は僕の才能であり、僕一人だけのものであり、彼がいてもいなくても、その能力自体は不変なのだ。
 絵を描き続け、ものを造り続け、アトリエを色とりどりに汚し、自分の想いや感情を白いキャンバスにぶつけ、多分、彼を忘れたり、思い出したりしていたのだと思う。
 同時に、僕は、何かを創り続けることで、僕自身を保ち、支えていた。





 フランシスが去り、聖地で一年近く経った頃、女王から呼び出しがあった。キリエヴィルで六十歳になったフランシスの病が悪化し、もうこれ以降会うことは出来なくなるだろうという話だった。彼の寿命をいきなり知らされて、頭を金槌で打たれたような衝撃を覚えた。
 彼に会いに行くかという問いに、僕は悩んだ。しかし、こうしている間にも、外界では彼の病がものすごい速さで進行していることを考えると、迷っている暇は無かった。僕はキリエヴィルに再び行くことを選んだ。会わずに後悔するより、会って後悔する方がずっとよかった。

 フランシスは以前と同じ町で医者を営んでいたが、ここ一年は病のせいで働くことも出来ず、床に伏せっていたようだ。代わりに医師になった子どもが父の後を継いで診療所を経営していた。
 女王の力を借りて僕は町を訪れた。かなりの年数が経っているはずだが、町の雰囲気はあまり変わっていなかった。彼の家を訪ね、緊張しながらドアを叩く。すると以前よりも老けた彼の妻が玄関先に現れ、僕を見て心底不思議そうな顔をした。僕の名を伝えれば分かると言うと、腑に落ちなさそうな様子で夫に聞いてくると家の奥へ消えた。フランシスも事情が分かったらしく、僕は家の中に通された。

 質素な部屋に入ると、フランシスがベッドに横たわっていた。彼の顔を覗く前に、もう僕の目は涙で一杯になっていた。曖昧な視界でも、彼の夜色の髪が白髪になって、顔には皺が刻まれているのが分かった。病のせいか、年齢よりもずっと年老いて見えた。顔色も青白く、もうこの先長くはないということが僕にもよく分かった。
 フランシスは、僕の顔を見てくしゃりと微笑んだ。その変わらない笑い方に、僕はベッドの端に顔を伏せて号泣してしまった。

 嫌だ、嫌だ、死ぬなんて嫌だ、本当に会えなくなるなんて嫌だ。僕はあれから、どんなに寂しくて苦しくても、君が別の場所で幸せに生きているということを思い返しながら、頑張って耐えてきたんだ。会おうと思えば会える、会えばきっと僕に対して微笑みかけてくれる、それを糧にして、僕は今まで聖地の時を過ごしてきた。相変わらず君の好きな紅茶は飲めないし、君と一緒に訪れた場所には行けないけれど、新たな闇の守護聖と言葉を交わすことも出来るようになって、空虚に囚われることも少なくなった。けれど、それは、遠く離れた場所で君が生きていると知っていたからだ。それなのに死ぬなんて、僕の知らない間に年老いて死んでしまうだなんて、なんて残酷だ。君は何十年も生きたというのに、僕は変わらず若いままだ。健康で、不自由もなく、君と別れた時のままの姿で。おぞましい、こんなことが許されていいのか……!

 自分が何を叫んでいるかも分からず、僕はただ泣きじゃくっていた。フランシスは、痩せて弱々しい手を伸ばし、泣いている僕の頭をずっと撫で続けていた。言葉はしっかりしているようで、よく会いに来てくれたねと年老いた声で言った。それは死が迫った人間だとは思えないほど、穏やかな声音だった。
 これがおそらく最後だからと、フランシスはゆっくりと身体を起こした。寝ていた方がいいのではと僕は慌てたが、今日は調子がいいから大丈夫だと彼は言った。疑い半分で見つめていると、フランシスは少し遠い目をしてから呟いた。

「君が知りたかった、私の過去の話をしようか」