僕はフランシスが聖地を去って少し経った後、彼のいる惑星キリエヴィルに赴いた。

 聖地から彼が消えた日から、全ては何事も無かったかのように普段通りに進んでいた。任期を終えた聖獣の闇の守護聖に代わる者が少し経ってからやって来たが、僕はどうしても顔を会わせることが出来なかった。新たな守護聖も不本意ながら聖地に招かれたことは知っているし、感じの悪い人物でもなかった。それでも僕は新任者と一言も話すことが出来なかった。フランシスが去ったということがますます明確化する気がして、ただ恐ろしかった。

 彼が去って数週間、僕はまともに仕事が出来ず、食事を摂ることさえままならなかった。痩せて病的になっていく姿を皆心配していたが、返事をする気力もなく、毎日続く喪失感と倦怠感で、身動きすることすら億劫だった。早く自分の守護聖の力が無くなってしまえばいいとばかり願っていた。しかし都合良く僕の中から力が消えて無くなるということはなかった。僕は、他の守護聖よりも強い力を持っていて、そう簡単に任期が終わることはないという研究員の話を以前耳にしたことがある。その言葉が、鬱々としている中に何度も繰り返し思い出され、そのたび僕は絶望に暮れて泣いていた。彼に関わるもの、たとえば新たな闇の守護聖や彼の執務室周辺、フランシスと二人でよく行った場所、彼の舘、彼の好きだった紅茶の銘柄さえ、僕は意図的に避けるようになっていた。

 僕が延々と苦しみ続けていることに呆れたのか、誰かが女王に進言したらしい、フランシスのいる惑星へ僕を会いに行かせるという話が持ち上がった。その提案を聞いたとき、余計なことをするなと僕は憤慨したが、フランシスに会いたいと思っていたのは事実だったので、抵抗しなかった。聖地の時間感覚において日帰りだということを条件に、僕は惑星キリエヴィルへ行くことを許された。あまり長らく移動に日数を取ると執務に支障が出るので、宇宙船ではなく女王の力によってキリエヴィルに送り届けられた。希っていた場所に一瞬で到着してしまい、自分があれだけ悲しんでいたことがなんだか虚しくなった。

 キリエヴィルの、かつて守護聖として就任する前にフランシスが住んでいた街に送られたまでは良かったが、僕は彼が今この星でどう生活しているのか、どこに住んでいるのかを知らなかった。聖地の人間が誰も彼の現況を教えてくれなかったのは、きっと皆、フランシスの居場所など知らないからだろう。聖地と関係の無くなった人間がどこにいて何をしているかなど、多忙な日々を送っている者たちにとってはもはや必要のない情報なのだ。

 聖地と外界の時間の流れは違うため、フランシスが就任したときからキリエヴィルはかなりの年数が経ってしまっている。僕がキリエヴィルに来たのは今回が初めてだったが、彼から直接聞いた街の雰囲気とは、だいぶ違っているようだった。産業革命でどんよりしていた街は、その恩恵からか近代的な建物が多くなったようだし、空も晴れ渡り、空気も清浄だった。人々も見慣れない服で行き交っていた。僕の聖地スタイルは妙に思われるようで、すれ違うたびに怪訝な目で見られていたが、そんなことには構わず、僕はフランシスという人間の所在を街の中で尋ね回った。人々は、それはまた古風な名前だと返事をするだけで、そんな人物など知らないと言った。古風な名前を持つ人間なら逆に目立つはずだ。この街にフランシスはいないということだろう。

 どうすればいいのかと途方に暮れていたとき、ある老人が、僕の問いかけに対して他の人々とは違う返事をした。確か三年か四年くらい前に、この辺りで医者をしていたフランシスという名の男性がいたと。聞き慣れない名前だったため覚えていたらしい。その医者は、少しの間この街で働いた後、都市からずっと離れた町へ引っ越したとのことだ。老人は、彼の引っ越し先がどこかまでは分からないようだった。僕は早速、都市から地方に向かって出ている変わった乗り物を乗り継ぎ(親切にも女王がこの星の通貨で僕に小遣いを渡してくれたのだ)、ひとまず都市周辺の町々に向かった。

 外界は、聖地と比べるとかなりの速さで時が進んでいる。僕自身は時間を司る女王の庇護下にある存在なので、たとえ聖地から出ようが外界の時間に沿って歳を取ることはない。それは都合のいいことだった。日帰りだと言い渡されたものの、聖地の一日は、外界では何十日にもなる。時間はたくさんあった。
 ところどころで宿泊をしながら、僕は町に着くたびフランシスという男の所在を尋ねて回った。しかし有力な情報は全く無かった。都市部から離れるに連れ、周囲はのどかな田園風景へと変わっていった。おそらく遠くに行けば行くほど、昔のキリエヴィルに近い姿になっていくのだろう。もしかしたら、フランシスはそれを狙って郊外に引っ越したのかもしれない。彼の知っているはずの都市は既に姿を変えてしまい、居心地が悪く、記憶にあるキリエヴィルの姿により近い場所へと住処を変えたのだろう。こちらの三、四年前というと、僕たち聖地の人間にしてみれば一ヶ月程度の期間だ。その事実に、僕はゾッとした。