人は時おり自分に損なことをする。強がりのせいで思っていることとは反対のこと、もしくは反対に近いことを口にしてしまうのだ。
真意は心の中にあるのだが、大抵の場合、相手の出方を窺ってしまい、相手がそれほど自分の隠された真意に興味を示していない時などに思わず反対の意見を言ってしまう。簡単な例を挙げれば、自分が心底好きだったものを相手が先に「大して好きでもない」と言った時に、その静かなショックと強がり、そして相手の機嫌を損ねたくないという気遣いで、自分はまあ好きな方だとか君と同じでそれほど好きではないかもしれないなどと唇の上で真意を濁すのである。
というようなことを、僕はごくごく希に、思いついて気が向いた時に記しているのだが、今日のフランシスに関して似通ったことがあった。
彼がいつまで経っても真意を見せない秘密主義な人間であることは周知だが、それでも彼は時々、自身の中に眠っている感情を僕に垣間見せることがある。僕は上記に述べたようなことを常に考えている人間なので、まあ今日の出来事も流されずにこうやって意識に上ってきたわけだけれども。
テラスで二人、晴れた日のティータイムを過ごしていた午後のことだ。アイスミルクティーを飲んでいた彼はコップを静かにテーブルに置くと、朧気にそよ風の吹く中で、遠い目をしてこう呟いた。
「私は、あまりこの世界を好いてはいないからね……」
それは、僕が、牢獄にも似た聖地に対する鬱憤を口先で晴らした直後の言葉だった。僕はマンゴージュースを吸いこんでいたストローを口にくわえたまま、飲むことをやめて彼の顔を見つめた。彼の面持ちは暗いというより無に近かったが、瞳の中に――いつもあの時はあんなに憎悪に満ちている美しい青の瞳の中に――ひどい人間くささが宿っていて僕の好奇心は煽られた。それはときめきにも近かった。
世界。彼の言った世界とは、聖地のことではないだろう。聖地のことだけではなく、すべてのことを指すのだろう。宇宙のすべて。彼の意識下にある万物。
僕がじっと微動だにせず彼のその後の動向を窺っていると、彼はふと目だけを上げて僕を見た。その視線にもまた人間の憂いが残っていて、僕は嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちになった。
「君は、この世界が好きかい?」
低く放たれた問いに僕は目を丸くした。そこまでの問いをされるとは正直予想していなかった。
彼の真意が見えている。僕に見せている。これ以上は見せてくれないだろうが、今、ここで、ようやく少しだけ僕に彼の本当の精神を知らせてくれている。ああこれは、なんという驚きと喜びなのだろう。決して信頼などという言葉には辿り着かないが、もしかしたらあの闇の守護聖には既に同じことを話しているのかもしれないが、それでも今、彼は僕に向かってそう問うたのだ。
僕は緊張しながら、だが正直に答えた。
「そうだねえ、君よりは、好きでないよ」
僕の返事に、彼は目を伏せて沈黙した。
僕は知っている。君のその途方もない悲しみを。
悲しみの理由こそ知らないが、僕は君の感情を知っている。君がひた隠している、だが時おり漏れ出でてしまう強く純粋な感情を。
君は愛している、この世界を。だからこそ深く深く憎んでいる。自身が壊れかけてしまうほどに。
僕には分かる。君の気持ちが分かる。
君がそれだけ優しくしたのに裏切られてしまった世界を、君は憎み、深く愛している。
ああ、ねえ、僕は君に訊きたいんだ。
君は僕でさえ憎いのだろうか。
僕は君を憎んだことなど一度も無いんだ。君が僕を憎もうが、僕は君を憎むことはないだろう。
僕に人間を憎むことは出来ない。
そんなことを仄めかしたら、いつか彼は暗い顔をしてこう言った。
君は、君が司る自然をないがしろにする人間たちを憎んでいるのかと思っていたよ。
彼の言い分に、僕は笑いながら答えた。
どうして自然と人間を同時に愛するという考えが無いんだい?
すると彼は、僕の言葉に薄く目元を苦笑させ、気怠げな様子でテーブルに頬杖をついた。
ねえ、僕はね、知っているんだ。
どうしようもなく愚かな者たちを愛してしまう君の性格を。
君が心を閉ざすのは、傷つきやすい君自身の心を守るためというのもあるだろう。
けれど、それ以上に、君は自分が何かを愛する心を殺そうとしているんだ。
身体からほとばしる慈悲を。
その瞳に潜む強い優しさを。
君はまるで深く眠っているみたいだ。
眠りを司る神は眠っている。
君はいつまで眠るの。
いつ目覚めるの。
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