「パイナップルが食べたい」

 と、突然セイランが言い出したものだから、フランシスは目をまん丸くしてしまった。前後関係なしの台詞がひょいと出てくるのは彼ならではの感性の賜物なのか何なのか分からないが、突拍子もないことを言われる方はいちいち思考を停止させられるのだから、天才芸術家の感性と言っても必ずしも褒められたものではない気がする――と、フランシスはここ最近思いつつも、これについて口にすると今度はそれについての新たな議論が始まってしまうので、あえて黙っていた。

「えっ……と」

 ストローでグラスの中の氷をかき回しながら、フランシスは戸惑った声を出した後、

「買ってこようか?」

 と、小さく笑んで、彼に首を傾けてみせた。すると、今度はセイランがフランシスの言葉に驚く。

「え? なんで。いいよ、僕が買いに行く」
「いや、私もこれから買い物に行こうと思っていたんだ。だから、そのついでに買ってきてあげてもいいよ」

 フランシスの言い分に、ああ、とセイランは納得したように頷いたが、

「じゃあ一緒に行こうよ」

 などと言った。
 フランシスは、再び目をぱちくりさせ、セイランをじっと見つめた。今の台詞を言った本人も、フランシスが驚いた表情でいることについて更に驚いたようで、テーブルの反対側の席に座っている男の灰青色の瞳を同じく目をしばたたかせながら見た。

「……僕、なんか変なこと言った?」
「ん? ああ、いや」

 フランシスはふと目線を下ろし、つ、と持ち上げたグラスのストローから一口アイスティーを飲むと、うっすら苦笑する。

「君から、その台詞が出てくるとは思わなくて」
「え。
 だめなの?」

 幾分不機嫌そうな声が返ってきたので、フランシスは慌てて顔を上げた。独特な感性を持つ男の驚異的な気分変動には、さすがにフランシスも気を遣わざるを得ない。

「全然。むしろ嬉しい……嬉しい? と、いうよりは、うん、喜んで? かな」
「ぶはっ」

 なにそれ、とセイランは吹き出して軽快に笑った。彼の表情は本当にくるくると変わるものだと、フランシスは呆れ半分、感心半分といった気分になって、彼に分からないように微かに息をついた。表情が豊かであることは、決して悪いことではない。
 他に買う物あったっけ……と考え始めているセイランを眺めつつ、アイスティーを飲みきったフランシスは、グラスをテーブルに置きながら彼に尋ねた。

「でも、どうしてパイナップルなんだい」
「ん? んー……なんでだろう」

 よく分からないんだけど、突然食べたくなったんだよ。そう言ってセイランは肩をすくめた。よくあるでしょそういうこと、とセイランが続けたので、フランシスは、うん、そうだね、と口元に笑みを浮かべて頷いた。いつしか、どこからかメモ帳とペンを持ってきて、テーブルの上で買い物リスト(おそらく買うべき多数の画材がある)を作っているセイランの姿を見ながら、フランシスは、どこか微笑ましい気持ちになった。気難しい彼は、意外にも単純なのだ。