「美味しくない」

 そういって彼は、先ほどまで飲んでいたベルガモットティーをシンクに流した。てっきりおかわりでもしに行くのだと思っていたフランシスが驚いて顔を上げると、セイランは無表情で――どことなく冷ややかな色を瞳に宿して――片手でグラスをひっくり返し、グラスから流れ出る液体をじいと見つめていた。
 フランシスは沈黙していた。ただただ唖然としていた。彼がその行為をする前触れが何も無かったからである。先ほどまで、執務室の窓際に用意したテーブルの前に二人で腰掛けて、最近開花し始めた花と季節のことについて談話していたではないか。職業柄、このような奇行に走る人間は数え切れないほど見てきたが、今まで話していた相手はおそらく患者ではないはずだ。
 いや――彼の行きすぎた神経質さと気難しさは、人によっては半ば病のように見えるのかもしれない。彼は、守護聖の間でも、敬遠と言うよりは毛嫌いされるタイプの人間である。「うさんくさい」と定評のあるフランシスも他人のことは言えないが、セイランに対して快く思っていない同僚は非常に多いし、自分が聖地に来る前は、彼の奇行は(という言い方は良くないが)今よりもっとひどかったのかもしれない。

「つまらない。
 僕自身がつまらない」

 セイランは淡々と吐き捨て、ガンと乱暴にグラスをシンクの中に置くと、そのまま背後にある寝室への扉を開けて中へ入っていってしまった。
 バン、と大きな音を立てて閉まるドアを見つめ、フランシスは、ほぼ反射的に医者さながらの速さで考えていた。
 自分を責めるだろう、彼は。
 今は癇癪を起こしているだけである。寝室にこもり、本を読むなりベッドに横たわるなりしつつ、フランシスという男に対し訳の分からない行動を取ってしまった自分をじわじわと責めるはずだ。セイランは、自分勝手に生きていながら、自分の気に入ったものに嫌われることを少し恐れている節があった。
 フランシスは、やれやれ、と小さく嘆息して、ストローからアイスベルガモットティーを一口飲んだ。いいハーブが手に入ったと言って彼がわざわざ作ってくれた飲み物だった。花の香りがふんわり薫る。
 とりあえず、全て飲み終わってから彼の元に行こう。セイランは、ドアの向こうでフランシスという男が来るのを待っている。ドアを開けたら、いつものように「どうしたいんだい」と一言かけてやれば、それでいいのだ。すると、いささか不機嫌そうな、しかしよく見るとどこか悲しげな顔をしたセイランが、微かにしょげて口を尖らせるであろうから。