去りゆくフランシスの姿は、泣き疲れたセイランの視界には朧気に映っていた。
 まるで現実味のない感覚の中、セイランのいる場所からは少し離れた星の小径に佇む闇の守護聖に向かって、最後の言葉を言った。

「フランシス」

 掠れた声に、花束と少しの荷物を抱え、暗い色をした長いコートを纏っている彼がゆっくりと振り返る。

「君は、まるで夜のような人だったよ」

 それが果たして自分が本当に言いたかった言葉なのかは分からない。

「でも、雲で覆われた陰鬱な夜ではなくて、月と星が輝く静かで澄んだ夜なんだ……」

 芸術家気取りの、まるで滑稽な言葉だと言いながら思われて、セイランは少し笑ってしまった。

「君の心がとても透きとおっていることを、僕は知っているんだ」

 言葉に、フランシスが微笑んだような気がした。実際の表情は分からない。別れに愕然としているセイランには全てが夢の中のように感じられていた。星の小径に舞う、きらきらした粒子がフランシスの身体を包んでいる。近くにレイチェルがいてフランシスと何か話しているが、内容が頭に入ってこない。別れの挨拶をしているようだ。彼らは笑っているのだろうか? 悲しんでいるのだろうか? フランシスの見送りは、レイチェルとセイランだけだった。もう皆との別れは終えたのだから、あまり大々的にしないで欲しいという要望を彼が出したからだった。
 夜、轟々ときらめく宇宙のもとで、フランシスは聖地から故郷の星へと帰ろうとしている。引き留めようと手を伸ばす気力もセイランには無かった。止めても無駄だという落胆の方がすでに勝っていた。それは過酷だったが、正しいと、セイランも頭のどこかで分かっていた。
 レイチェルと話し終えたフランシスが、セイランを見た。

「セイラン」

 名を呼ばれ、ぼんやりと彼を見つめる。

「元気でね」

 残酷なまでに儀礼的な言葉を放ったフランシスに、セイランは、何も答えなかった。





 星の小径で消えていったフランシスの姿を見送ったレイチェルは、耐えきれなかったのか、号泣といった様子でわんわんと泣いていた。セイランも、泣き疲れた顔で夜空を見上げ、声を上げて泣き続けるレイチェルの肩を支えていた。
 もう、フランシスは、ここには来ない。彼は、決して戻っては来ない。聖地にいるべき存在では無くなってしまった。ここにいる必要性すら失われてしまった。こちら側から働きかけない限り、彼に会うことはない出来ないし、彼もまたこちらに来ることは出来ないだろう。
 自分は、果たして、彼に会いに行くだろうか? セイランは、夜空に輝く星々を眺め、ぼんやりと考えた。
 彼に、会いに行けるだろうか? 時間の流れが違う世界の者同士が顔を会わせるなど、なんと恐ろしく、訳の分からないことだろう。彼は故郷の星に帰って、一体何をし、何を思うのだろう。彼の生きる目的は何だろう。
 彼は生きたいのか? 死にたいのか?
 彼は何に向かって生きている? 先にあるものは希望なのか、絶望なのか?
 彼にとって自分は何だったのだろう。
 自分は、果たして、彼に会いに行くだろうか? 時間の流れが違うという現実を目撃しに行くのだろうか?

 この世界に、この宇宙のどこかに、君の心を動かすものは、まだ存在しているのかな?
 僕は願う。
 君が、そういったものに出会えることを。

 セイランは、どこか見覚えのある深い色の夜空に向かって、そう呟いた。