君にとって僕は何だったのだろう、と、僕は何度も問う。
 君の目は何ものも映さない。今ある現実だけでなく、過去すらも。
 僕は君の過去を知りたいわけではない。君の心を探りたいわけではない。そんなことは僕にとっても彼にとっても、きっと無意味なことだ。君の本当の心を知ったところで僕は君に何もしてあげられないだろう。
 僕が疑問に思うのは、君が何者に対してもその器を明け渡すことだ。時に医師として、時に男として、時に人として。
 受け入れるのではない。明け渡すだけ。誰かが飛び込んできたとしても広げた両腕を閉じることはない。
 君は冷たくも優しくもない。まるで樹木のように、そこに佇んでいる。





 そう、僕は、君にその両腕で抱きしめて欲しいわけではない。
 僕だけを信じて欲しい、僕にすがって欲しいと思っているわけでもない。君に対して何もしてあげられない僕がそんなことを求めるのは勘違いも甚だしいだろう。
 僕は、ただ知りたいのだ。君がどうしたいのかを。君が今ここに存在する理由を。
 生きる目的を。君は生きたいのか? 死にたいのか?
 君は何に向かって生きている? 先にあるものは希望なのか、絶望なのか?
 君には何か目的があるはずなのだ。そうでなければ、あんな目をする人間が命を続けていられるはずがない。

 僕に君を救える力があればよかったと、時々思う。
 人が人に対してどうしようもなく無力であることのつらさを僕は君に出会って改めて知った。
 人にはそれぞれ役割があるのだとも知った。僕には君に対して何の力も無いけれど、君が愛した女性は君の心を開く力があったのだ。

 この世界に、この宇宙のどこかに、君の心を動かすものは、まだ存在しているのかな?
 僕は願う。
 君が、そういったものに出会えることを。





 僕は刻一刻と君が遠ざかっていく音を聞く。
 木々がざわめく。不吉なことが起こると言う。
 僕は君の背中を見て佇んでいる。
 君の影が薄くなっていく。