再び涙の気配が近づいてくることを感じつつも、セイランは、探ることを、見つけ出すことを止めなかった。空いている手で震え出す唇を押さえながら、別の手でその腕を辿っていく。すると、人間の顎と胸元があることが分かり、胸の辺りを探ると、そこから止めどなく血液が流れ出していた。
 セイランは、声なき声を上げ、見開いた目から涙をこぼす。

「き、み……は」

 何も見えない空間で、恐怖のために大げさに震える手の感触だけを信じ、彼の姿を探る。ぬるりとした血液の丘から離れ、首もとを辿って顎を滑り、その髪に触った。長さや感触からして、まさしくそれがフランシスのものであるとセイランは確信した。
 漏れ出る泣き声を噛み殺し、呟く。

「どうして、君は……そこまでして……」

 再び腕を辿り、彼の手のひらがある場所まで辿り着く。そこには何かが握られていて、少し力を入れてそれを動かすと、もはや握る力は残っていなかったかのように、その物体がカランという音を立てて床に落ちた。
 きっと、それは、彼が使用したナイフなのだろうと、セイランは考えた。

「自分を……殺して、まで」

 言いながら、貧血のような目眩と気分の悪さに襲われる。恐怖からくる震えだと思っていたが、おそらく徐々に力が失われているために自分の身体を支え切れなくなっているのだろう。息苦しさを覚えて力無く座り込み、セイランは、ナイフが離れた彼の手を自分の手で握りしめた。

「……確か、に……
 僕は……君を、救えない……」

 遠くなっていく意識を、せめてこの空間からこの男を連れ出すまでは保てるようにと、セイランは迫り来る暗闇を追い払うようにぶんぶんとかぶりを振る。

「けれど、君が、まだ……」

 身体が寒くなってきて、怠さのあまり、片手を床の上についてうなだれた。頭が回る感じがし、いっそ目を閉じて倒れ込みたいほどだったが、まだ、そうなっては駄目だった。この闇に眠り続ける男が自分の呼びかけに気が付くまでは、正気でいなければ。

「ま、だ……血を、流し続けて……いるというなら……
 せめ、て、僕、に……拭わせてよ……」

 きつく、きつく、繋ぎ止めるように、感覚さえ曖昧になっていく震える手で、彼の冷たい手を握りしめる。

「君、が……その悲しい色、を……
 忘れるまで…………」

 あまりの寒気と目眩に耐えきれなくなり、セイランは、とうとう意識を手放した。