己のしゃくり上げる声を耳にしながら、まるで自分は子どものように泣いているとセイランは思った。ただ純粋に悲しいという気持ちがある時の、ひどく激しく、そして純粋な泣き方だった。自分もまだこんなふうに泣くことが出来るのかと感心してしまうほどだった。そして、この涙は、悲しいという気持ちだけではない、自分にはもうどうすることも出来ない事実を突きつけられてしまったという悔恨の涙であるとも感じていた。
 自分には、フランシスを救うことは出来ない。
 なぜなら、それが――誰かに救われないことが――フランシスが自ら選んだ道だからだ。

(その、悲しみを……)

 手のひらが涙で湿っていく感じを覚えながら、セイランは胸中で悲鳴を上げる。

(君が僕に打ち明けたところで、僕が、果たして何を出来るというんだ)

 守護聖という、宇宙からすれば全知全能を司る神のような存在であろうと、たった一人の男を救うことすら出来ない。生命を育む力など、彼の痛みの前では太刀打ち出来ない。自分は生命を与えるだけで、死に直面した心を癒すことは出来ない。
 セイランは、フランシスの秘密が知りたかった。実際あまりそう自覚してはいなかったが、聖地内で仲良くなるにつれて、無二の親友のような存在になるにつれて、彼の心の内に秘めた秘密と混沌を解き明かしたいと思うようになっていた。それは、独占欲と好奇心から来るセイランのわがままだった。そして、自分が彼にとっても聖地において唯一無二の存在になれるのならば、いつかは彼が胸中を打ち明けてくれるのではないかという身勝手な期待も抱いていた。しかし、フランシスは――職業柄だからかは知れないが――奇妙な微笑みを崩さず、決してその口から自分の真意を紡がなかった。それが、セイランには腹立たしかった。自分が嘘をつかず物を率直に言ってしまう人間であるゆえかもしれないが、こんなにも仲良くなれたというのに、守護聖の誰よりも一緒にいる時間が長いというのに、まるでセイランという人間を信頼していないかのように、他の人間と全く代わり映えしない人間だと言うかのように、彼はセイランに対しても感情を露わにせず、いつでも微笑み、優しく、冷静で、嘘くさく、そして暗かった。

(でも君は、嘘をついていたんじゃない……)

 ぐしゃぐしゃになってしまった顔を、同じくぐしゃぐしゃに濡れた手で拭う。

(君はもう、分からなくなったんだ)

 セイランは、いっそう漏れ出る泣き声を必死に押し殺しながら泣いた。目の前が水浸しになったように、視界はもう何がなんだか分からなかった。
 彼が、いつまでも微笑むのは、妙に冷静なのは。その裏側で、感情の無い人形のような存在のままでいるのは。

(憎しみの矛先を全て自分自身に向けて、自分を殺してしまったから……)

 悲嘆の先から生み出される憎しみを感じないことなどできない。
 そのすさまじい願望と殺気を押し殺すためには、無理矢理にでも自分がそれを感じないようにしなければならないのだ。

(君は自分を殺して闇の中に封印したんだ。憎いと思う心を、普通の人間が持ち合わす感情を。君には、それが出来てしまったから……)

 いつか、フランシスはセイランに彼自身のことを話してくれるだろうと思っていた。
 だが、おそらく、それはこの先もあり得ないだろう。なぜなら、そうする意味が全く無いからだ。彼は、全ての人間に対してそう思うはずだ、自分が自身を殺したことを話し、それが一体何になる?と。
 セイランという男もまた、そのうちの一人にすぎない。セイランは決してフランシスの特別になどなり得ない。誰かにそれを打ち明ける時は、彼が己の憎しみを露呈する時だからだ。彼は、聖地にいる間は自分を殺し続けるつもりでいる。壊れた人形のような笑顔を見ていれば分かる。誰も信頼していない、誰にも本心を見せない、誰にも知られたいと思っていない。
 この後、彼が本音を話せる人間は見つかるのだろうか? たとえば、クラヴィスは? いや、彼に対しても、フランシスはあの嘘くさい微笑みを向けてばかりいる。同じ闇の守護聖として信頼しているところはあるようだが、クラヴィスはフランシスのことを「知りたい」と思う人間ではない。知りたいと思っていない人間に、フランシスは自身のことを打ち明けようとはしない。他には? ――分からない。彼が本音をぶつけているような対象に、まだ出会ったことがない。そんな場面を見たこともない。
 思い出されるのは、虚無の目をして、ぼんやりと時が過ぎるのを待っている彼の姿だけだ。

(どうして僕じゃ駄目だったの)

 悲しく、悔しい、という気持ちで胸が溢れかえって、セイランは、もうどうしていいか分からなかった。ただ、いつまでも涙の衝動が終わらないことが歯がゆく、腹立たしくて、きつく奥歯を噛み締めていた。