izkk X限定テキスト 小夜時雨 2026.4.3

自分の二次創作中の和菊について学習させたAIに、プロットに対して執筆作業において下地のみを任せ、私が更に加筆修正等の細かな編集を行っています






 夜の倉庫街は、音を吸い込むように静まり返っていた。
 雨が降り出しそうな空だった。
 海からの風が吹き込み、錆びたコンテナの隙間で低く鳴る。
 遠くで波の音がした。灯りはまばらで、白い外灯が地面にまだらな影を落としている。
 その影の中に、数人の人影が溶け込んでいた。

「対象、倉庫内に単独で立てこもり。刃物所持の可能性あり」

 無線の声が小さく流れる。
 和泉は壁際に身体を寄せ、倉庫の入口を視線で捉えた。横には菊之助がいる。二人とも防刃ベストの上に薄手のジャケットを羽織り、息を潜めていた。

「突入のタイミングは?」

 菊之助が低く問う。

「……まだだ」

 和泉は短く答える。その視線は一点に固定されていた。
 倉庫のシャッターは半分だけ開いている。中は暗いが、人の気配がある。床に何かが引きずられるような音が断続的に響いていた。
 そのとき、後方から足音がした。
 誰も振り返らない。振り返る必要がないからだ。

「状況は」

 低い声が、すぐ背後で落ちる。
 足利だった。
 いつものように無駄のない動きで歩いてきた彼は、現場の空気を一瞥するだけで把握したらしい。和泉の隣に並び、同じように倉庫の内部を見据える。

「単独。興奮状態。交渉は難しいかと」

 和泉が答える。
 足利は、わずかに顎を引いた。

「時間をかけるほど悪化するな」

 その一言で、方針は決まる。
 和泉が短く頷く。菊之助も同じく息を整えた。

「俺が入る」

 足利が言った。
 一瞬、空気が止まる。

「足利さん――」

 和泉が制止しかけるが、

「後ろで拾え」

 それだけで終わった。
 命令ではない。だが覆せない。
 足利はもう動いている。シャッターの隙間から、音もなく滑り込む。
 中は予想以上に暗かった。鉄骨と木箱が乱雑に積まれ、通路は細い。湿った埃の匂いが鼻につく。
 足利は一歩ごとに床の状態を確かめるように進む。靴底の接地音を極限まで殺している。重心は低く、常に次の動きに移れる姿勢。
 そのとき、

「来るな!!」

 男の怒鳴り声が、暗闇の奥から弾けた。
 影が揺れる。金属が擦れる音。
 ナイフだ。
 足利は止まらない。

「落ち着け」

 低く、通る声。だが言葉は届かない。
 男が飛び出してきた。振りかぶる動作が速い。
 刃が振り下ろされる。
 その瞬間、足利の身体が、半歩だけ内側に滑り込んだ。
 避けるのではない。入る。
 刃の軌道を外す最短距離。
 同時に、足利の左手が男の手首を捕らえる。掴むのではなく、巻き取るように。関節の可動域の外側へ、わずかに捻る。
 男の体勢が崩れる。
 そこに、足利の右手が肘の内側へ差し込まれた。
 一瞬で構成される。腕を制し、肘を極め、肩を落とす。
 男の腕は、自分の意思とは無関係に後方へ引き上げられた。

「あああ!」

 悲鳴が上がる。
 だが足利の動きは止まらない。
 足を払う。男の重心が完全に浮いた瞬間、床へ叩きつけるのではなく、導くように崩す。
 衝撃を最小限にしながら、完全に動きを奪う。膝で背中を押さえ込み、腕をさらに締め上げる。
 ナイフが床に落ち、乾いた音を立てた。
 わずか数秒。
 それで終わった。



「確保」

 外から和泉の声が飛ぶ。直後、複数の足音が倉庫に流れ込む。
 菊之助が最初に入ってきた。状況を一目で確認し、素早く手錠を取り出す。

「大丈夫ですか」

 誰にともなく、だが確実に足利に向けた声。

「問題ない」

 短い返答。
 男の手首に手錠がかかる。完全拘束。
 ようやく、緊張が解けた。
 和泉がゆっくりと歩み寄る。床に落ちたナイフを拾い上げ、状態を確認する。
 その横で、足利はすでに立ち上がっていた。何事もなかったかのように。

「見事ですね」

 菊之助が小さく呟く。
 足利は視線も向けない。

「基本だろ」

 それだけ言って、出口の方へ歩き出す。
 外の光が差し込み、彼の背中を淡く照らした。
 和泉はその背を一瞬だけ見た。
 何も言わず、ただ、わずかに目を細めた。



 現場を離れた車は、海沿いの道路を走っていた。
 深夜に近い時間帯。交通量は少ない。濡れたアスファルトが街灯を反射し、オレンジ色の光がフロントガラスに流れていく。
 運転席には菊之助。助手席に和泉。後部座席に足利。
 車内はしばらく無言だった。
 小雨が降ってきている。ワイパーが一定のリズムで雨粒を払う。エンジン音が低く響く。
 菊之助はハンドルを握ったまま、何度かミラー越しに後部座席を見かけては、視線を戻した。
 やがて、堪えきれずに口を開く。

「あの入り方、すごかったですね」

 誰に向けたというより、空気に向けた言葉だった。
 助手席の和泉が、わずかに口元を緩める。

「見惚れてたな」

 うん、と菊之助が返事をすると、後部座席から低い声が落ちた。

「基本だと言ったはずだ」

 足利は窓の外を見たまま言う。
 その横顔は、現場と変わらず無表情に近い。
 菊之助は少し黙り、それから慎重に言葉を選ぶ。

「あの距離で刃物に入るのは、怖くないんですか」

 車内の空気が、ほんのわずかに変わった。
 和泉が横目でミラーを見る。
 足利は、数秒答えなかった。

「怖いよ」

 短い答え。

「怖くない人間はいない。怖くないと思った瞬間が、一番危ない」

 淡々とした声だった。
 ワイパーが、またガラスを払う。

「若い頃、一度、距離を読み違えた」

 ぽつり、と足利が続ける。
 和泉の視線が、わずかに揺れた。

「相手は銃だった。俺は間に合うと思った」

 車内が静まる。

「間に合わなかった」

 それ以上は言わない。
 誰が撃たれたのか。
 誰が倒れたのか。
 足利が怪我をしたのか、部下が死んだのか。
 何も説明はない。
 だが、和泉は知っているような顔をしていた。

「その後、どうしたんですか」

 菊之助の声は、ほとんど囁きに近い。

「距離を詰めるなら、覚悟を決めろと言われた」

 足利の声は変わらない。

「迷いが一瞬でもあるなら、入るな、と」

 助手席で、和泉が小さく息を吐いた。

「誰に?」

 菊之助が問う。
 少し間があった。

「上司だ」

 それだけ。
 名前は出ない。
 足利はそこで話を切ろうとしたが、和泉が静かに言った。

「だから、今日も迷いはなかった」

 足利は答えない。だが、否定もしない。
 信号で車が止まる。赤い光が車内を照らす。
 菊之助はハンドルを握ったまま、少し力を込めた。

「俺なら、あそこに入る前に考えてしまいます」

 正直な言葉だった。

「和泉さんが中にいたら、とか」

 一瞬の沈黙。
 和泉の視線が前方に固定される。
 足利は、初めてミラー越しに菊之助を見た。

「それなら入るな」

 冷たい言葉。
 だが、その奥にわずかな熱がある。

「現場で守ろうとするな。守るなら、終わってから守れ」

 青信号に変わる。
 車が静かに動き出す。
 菊之助は、その言葉を反芻する。

「終わってから、ですか」
「生きて帰らせるのが、上の仕事だ」

 足利の視線が、今度は和泉に向いた。

「部下も、相棒もな」

 その言葉に、和泉は眉を動かした。
 それは昔の話だ、と言いたげに。
 あるいは、言われる資格はもうない、とでも言いたげに。
 しかし足利はそれ以上何も言わない。
 車は都心へと入る。ビルの灯りが増えていく。
 しばらくして、和泉がぽつりと言った。

「あのときも、やめておけと言われましたね」

 足利の目が、細くなる。

「言ったな」

 それだけ。
 それ以上は、語らない。
 菊之助は何のことか分からないまま、静かに前を見つめていた。
 だが、車内には確かに、若い頃の足利と、秋斗と、まだ未熟だった和泉の影が重なっていた。
 雨は一瞬だったらしく、いつの間にか止みかけている。
 ワイパーが止まり、フロントガラスに夜の街がそのまま映った。