izkk X限定テキスト きみはラズベリー 2024.11.5
郊外のアウトレットモールで、コーヒーでも飲んで一服しようとカフェに立ち寄ったときのこと。
商業施設の二階のフロアにある、そこそこ混雑している店内のカウンター席で、メニュー表にある〝ミニベリーパフェ〟というものに気を取られていると、右隣にいる彼がくすくすと笑った。
デザートも食べます?
腕時計を見ると、午後三時。別に毎日決まっているわけではないが時間帯的にはベストかもしれない。甘いものを食べたかったこともあり、俺は素直に頷いた。
なら注文してきますねと彼は会計に向かい、俺は窓の外に見える平地の市街地と遠くに見える晴れた山の景色を眺めた。
このアウトレットモールへのバスは駅から出ているようだが、帰りの荷物を考えると、車でないとなかなか来ることが難しい場所だ。職場の人間や知り合いたちの目も考えて、俺たちがふたりで買い物をしたいときは、できるだけ遭遇率の低い場所を選ぶようにしていた。
先にセルフサービスで用意しておいた水を飲みつつ、帰路のためにスマートフォンで渋滞情報などを確認していると、彼が戻ってきた。両手のトレイには、彼の頼んだアイスカフェオレ、俺のホットコーヒーとグラスに入った例のベリーパフェが載っている。
椅子に腰掛けつつ、彼はそれぞれをカウンターに置いた。
パフェ、いちごとかいっぱい入ってておいしそうですね。
薄いグラスに入ったそれをコースターから持ち上げて横から見てみると、いくつかの層になっていて、一番下からシロップ漬けのカステラ、クランチ、生クリーム、いちごなどの様々なベリー、小さめのバニラアイスとチョコがけのビスケットとなっている。なかなか甘そうな印象だった。たぶん甘党というわけではないが、甘いものは好きだった。おそらく彼よりも。
この、中に入ってるベリーって、いちご以外は何?
ビスケットを食べたあと、バニラアイスを金属スプーンですくいつつ、彼に尋ねる。彼は、んー?とストローからカフェオレを飲み、大きな目でパフェをじっと観察した。
いちごと……ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、あとはクランベリーかな?
すごい、分かるんだ。
まあ分かる人には分かるんじゃないかな……と彼は特に感情のない声で言って、少し沈黙し、急にあっと声を上げ、
ベリー類は色が付きやすいですから、和泉さん、今日白いシャツだから気をつけてくださいね。
と続けた。俺は自分の服を見下ろし、そういえばそうだったと頷いた。
バニラアイスの層が終わり、このパフェの代名詞であるベリー部分を食べ進めていると、不意にスプーンですくったベリーがカウンターに転がり落ちた。いけないいけないとスプーンをナプキンの上に置いて、右手の指で取るが、思いのほか柔らかくて軽く潰してしまった。
とりあえずスプーンの上にベリーを載せ、人差し指と親指を見ると、鮮やかな赤い汁がついている。
ラズベリーの色ってきれいですよね。
一連の流れに気付いていた彼は、ただ感想のようなものだけを述べて、引き続きカフェオレを飲みながら目の前の風景を眺めている。
彼が一緒に使い捨てのおしぼりを持ってきてくれていたので、それで指を拭こうとしたとき、突然、俺の頭の中に謎の啓示があった。
すんなり従うことにした俺は、菊、と名を呼んで彼を振り向かせた。
はい?
不思議そうにこちらを見た彼の下唇に、何の断りもなく親指を軽く滑らせる。
瞬く間に、紅を刺したように、彼の唇が赤く色づいた。明るくきれいなラズベリー色は、彼のくっきりした目鼻立ちによく映えている。
これでもかと目をまん丸くしている顔を眺めながら、俺はふふっと笑った。
きれい。
直後、俺はまだ指に残っているラズベリーの果汁をおしぼりで拭いて、スプーンを再び持ち上げ、パフェを食すことを再開した。
俺は見なくても知っている。彼の頬もまた、スプーンの上に載るベリーたちと同じように、一瞬で赤く色づいたことを。