クラブアップル   花言葉は「導かれるままに」





 クリスの中に身を沈め、ロランが絶頂に達するのはほぼ毎度のことだが、女性の方がその場所にたどり着くことはなかなか難しいと聞く。女性の場合時間が掛かるし、よほど敏感な場所を的確に攻められない限りは、男性の方が早く到達してしまって結局女はいけずじまいで終わることが多いようだ。
 言葉にはしないが、今回もまた自分の方が先にいき、クリスを置いて行ってしまったと残念がることが常だった。もちろんクリスは愛撫されるだけで潤い、受け入れる体勢ができてしまうので、ロランが施す行為に感じているのは確かなのだが、今まで彼女が到達して身を本能的に震わせる場面を一度も見たことがなかった。

 しかし、その立ちはだかる性感という壁は、あるとき突然崩れて消失したらしい。
 挿入しながらクリスの下腹部を撫で回していたとき、異常によがる場所があったため、もしやと思いそこを指先でいじり倒した。
 すると、ロランが達するよりも先にクリスはびくりと身体を震わせ、未だかつて聞いたことのない甘い嬌声を上げたのだ。

 だが。
 その後、なぜか彼女はびっくりした面持ちでロランの顔を凝視した。
 それを目撃したロランもまた動きを止め、一体何事だと目をしばたたかせて見つめ返す。
 自分の下で仰向けに横たわるクリスは、まるで自身のくしゃみで驚いた赤子のようであった。

 しばらく沈黙していた二人だが、そのうちクリスが呆然としている様子で口を開いた。

「……今のは、何?」

 問いかけは、ロランにしているというよりも、自分自身に向けられているもののようだった。
 放たれた言葉を頭で反芻し、その意味するところをなんとなく理解すると、ロランは目をまん丸くした。

「……クリス様?」
「今、私はどうなった?」
「クリス様……もしかして今まで、い……」

 いったことがないのですかと言いそうになり、口を噤む。だが、その衝撃はもはやロランの頭を一気に埋め尽くしていた。
 もしかして彼女は今まで絶頂に達するという経験をしたことがないのではないか?
 己の下で横たわる彼女は依然不思議そうな顔でロランを見つめている。
 まさか、だって――
 自分は男だし、女の中で欲望を解放することは幾度となくあったが――
 彼女は初体験がロランだということのみならず、そもそも子作りではないこの行為の目的が何なのかすら分かっていなかったのではなかろうか。
 信じられない、この方はそれほどまでに無垢なのだろうか、ご自身で達したことすらないのだろうか――と考え、ロランは自分が現在頭に巡らせている思考に驚愕した。
 なんという低俗なことを考えているのだ。
 己のいやらしさを自覚させられ、顔中に熱が走るのを感じた。一瞬で耳の先まで痛くなる。
 顔が真っ赤になってしまったらしく、クリスが「どうして赤くなる?」と急に不安げな声を出した。

「もしかして、今のはすごく恥ずかしいことなのか?」
「……」

 唇を少し開いたが、言葉が口をついてこない。ついてくるはずがなかった。
 不安感が増してきたらしいクリスは、半ば泣きそうになってどうしようとうろたえている。

「ロ、ロラン、私は変なの? 今のはいけないの?」
「クリス様……」

 名を呼ぶだけで精一杯だ。ああ……と脱力してクリスの顔元に首を埋める。下半身は挿さったままで。

「ロラン、ねえ」
「……私が、いつも感じているものと同じです」

 頭を起こさないまま、くぐもった声で呟く。

「今の、気持ちよかったでしょう? クリス様」
「え? あ、ああ……うん」
「クリス様は、私にそのような心地良さを与えてくださっているのです」

 だから常日頃から感謝しているのだと、まだ繋がったままというシチュエーションを考えるとなんだか笑ってしまうが、ロランは丁寧かつ真摯に説明した。
 クリスは照れを感じたらしく、そうなんだ……と消え入りそうな声で言い、ロランの背中に腕を回した。

「なら……私は嬉しいな。ロランが気持ちよくなってくれているんだもの」
「私も、クリス様がその心地良さを感じてくださったと分かり、とても嬉しいです」

 もしサロメが聞いていたら「阿呆の会話だ」と突っ込まれそうだ――と、他の男のことを考えたロランは不意に、とてもずるいことをひらめいた。
 パッと顔を上げ、頬を赤らめているクリスを真剣に見つめて、よいですか、と前置きする。クリスは戸惑いがちに頷いた。

「う、うん?」
「先ほどクリス様が感じられた心地良さは、私にしか与えることができません」

 言いながら、自分はなんと独占欲の強く傲慢な男なのであろう、本来ならば彼女とこのように愛し合うことすら許されないのにと暗い反省が脳裏を過ぎったが、それよりも重大なのは、他の男がクリスを絶頂に導くなど絶対にあってはならないことであり、また、彼女が自分自身でそこに辿り着くことを覚えてしまっては、抱く側としてなんだか寂しいということだった。
 今やロランだけがクリスを性の恍惚に導けるのである。
 その恍惚は二人いる空間でしか訪れない。
 だからクリスはロランの指先に恋いこがれるべきである。
 クリスには、ロランという男に気持ちよくしてもらうことを願い、ベッドの上で従順に待っていて欲しい。そして達した時の可愛らしい顔、声、仕草を他ならぬ自分だけに見せて欲しいのだ。
 ロランという門をくぐること無くしては、彼女があの天国に行けないようにしなくては。

「ようやくあなたの敏感なところを知ることができました。今後が楽しみですね」

 意地悪に微笑してみせると、クリスは顔を背け、もう、と口を尖らせた。

「……ロランは本当に助平だな」
「お嫌ですか?」

 嫌と言えないことを分かった上での問い。ますます追い込まれたクリスは頬を染めたまま膨れっ面をし、ぎゅっとロランの首に抱きついた。