エリシマム(ロラン)   花言葉は「愛の絆、逆境にも変わらない愛」





 ロランはクリスを抱くことが好きだった。
 というより、男として愛する女を抱くことは当たり前のことで、生きとし生けるものの最上の喜びだと思っていた。
 クリスの方はというと、睦み合うたび羞恥でいっぱいいっぱいになってしまうらしく、最中も翻弄されっぱなしで「何がなんだか分からない」と事後に悔しげに訴えるばかりだった。そう言われるたびロランは密かに苦笑していたが、いつまでも失せない初々しさに魅力を感じているのも事実だ。
 クリスの身体は非常に均等がとれており、美しい。白い肌はなめらかで若々しく、胸はふくよかで、腰は妖しいほどくびれており、裸になった時の色香はどんな男にとってもたまらないものだろう。これほどまで素晴らしい女の身体を抱いている自分の存在が夢か嘘のように思えてくることもある。愛撫すれば素直に反応し、身をよがらせ、頬は桃色に染まり、薄く開いた唇からは誘うような熱い吐息が漏れ出るその姿は、いっそ神々しさを覚えるほどである。
 普段は甲冑に隠されているしなやかな肢体を自分の上に載せ、柔らかな胸を両手で下から押し上げると、女の口からは甘い嬌声が漏れる。しつこいほどに撫で回し、その先端を弾くと悲鳴のような小声を上げて身をよじる。あまりに従順な反応に、ロランの欲情は瞬く間に高まっていく。
 しかし時々、彼女は抱かれていながら意識をどこか遠くにやっている瞬間があった。快感のために恍惚としているのかもしれないが、それにしては表情が哀しげで、ロランはそれを目撃するたび不安になった。

「クリス様、どうかされましたか」

 ベッドの上で一つになろうとしている最中に、どうか置いていかないで欲しい、自分を一人にしないで欲しい。クリスは気が付いたように意識を集中させ、揉まれている胸の快感を思い出して艶めかしい声を漏らす。前かがみになり、詫びのつもりか口元や首にキスをしてくるが、一瞬でも別のことを考えていた恋人への歯がゆさと小さな怒りは消えなかった。

「クリス様、ご自分で入れてください」

 自分の昂ぶりを彼女の尻に押しつけて、言う。彼女はカッと顔を赤くし、必死な様子でぶんぶんと首を横に振った。

「いやだ。できない」

 はっきりと言われ、再度ロランの心に不安感と悔しさが湧く。

「なぜ? 何度かしたことはあるのでお分かりになるでしょう」

 クリス自ら入れたことはなく、騎乗位では必ずロランの方から彼女の中に自身を押し進めるのだが、そろそろ彼女も慣れてきただろうという期待があった。銀の髪を揺らし、自分の上で欲望のままに動く様は本当に艶やかで妖しい。それを見たかったのだ。
 だが、クリスは拒み続けた。煮えを切らしたロランは思わず上半身を上げ、耳元で囁く。

「私に身体を沈めてください、クリス様」

 再び「できない」と掠れた返事が聞こえたと同時、彼女が泣き出す気配がしてロランはぎょっとした。バッと身体を離して見やると、痛々しいほど紅潮した頬を、両目から溢れた涙が滑り落ちるのが見えた。
 嫌われたのだろうか。ゾッとする考えがロランの脳裏を過ぎった。彼女の名を呼び、頬や身体を撫でるが、彼女は胸に額を押しつけて黙ってしまった。少し強引だったかもしれない。拒まれてしまったという恐怖でロランは冷静さを失い、彼女の頭を撫でて許しを請おうという考えしか浮かんでこなかった。
 この、自分らしくない混乱は、彼女と睦み合ってから初めて感じるようになったものだ。今まで何人かの女性と交際したことがあり、もちろんロランはその都度全力で相手を愛するのだが、どの女性ともあまり長続きしなかった。自分の愛が冷めるのではなく、相手の方が騎士である男に恐縮、あるいは国のために多忙な男に失望して、徐々に離れていくのだった。それはロランにとって落胆以外の何者でもなく、女を愛するときには次第に距離を置くようになっていった。距離があれば、情熱も半減する。欲望や嫉妬が薄れていけば、傷つくことは少ない。
 しかし、今の恋人は、自分が何よりも大切にしているゼクセン騎士団の長の女性だ。この世界で最も気高く美しい女だと言っても過言ではない。そんな人が、自分などを愛してくれている。その理由は未だに分からないが、種族すら違う男を想い、大事にしようとしてくれる。それはロランにとって陶酔すら感じる真実だった。始めは今までのように相手と距離を保っていたロランだが、クリスは純粋にそれを悲しんだ。二人の間にある溝、ロランが勝手に作り出した距離を彼女が嘆くというのなら、それを取り払う必要があった。そして深く愛し合うようになってからは、溝も徐々に埋まっていき、ロランは自分でも不思議に思うほど彼女を想い、敬い、彼女に執着するようになった。
 冷静沈着、理知、客観性。そういった単語で周囲から一目置かれていた自分が変化していくことに、ロランは葛藤した。彼女のこととなると嫉妬深くなる自分に嫌悪感すら抱くようになった。だが、おそらくこれが自分の本来の愛し方なのだろう。自分はもともとこんなふうに女性を愛する男なのだ。
 しばらくして、クリスが謝りながらロランの胸から顔を上げた。一体何があったのだとロランが心配して見ると、目に涙を浮かべたまま、彼女は、なぜか微笑んだ。

「ごめんな、愛しているよ」

 てっきり拒絶の言葉が出るのかと思っていたのだが、そんな素振りはなかった。困惑し、じっと彼女の両目を見つめて真意を探っていたが、どうやら男への恐怖や戸惑いがあるわけではないらしい。
 かけるべき言葉が見つからず、ロランは小さく「はい」と返事することしかできなかった。そっと身体を両腕で抱くと、クリスは安心したようにロランの胸に頭を置いた。
 自分の胸の上を、彼女の涙が一つ流れていくのが分かった。