エリシマム(クリス) 花言葉は「愛の絆、逆境にも変わらない愛」
ロランはクリスを抱くことが好きらしい。
というより、男として女を抱くという行為が好きなのだろう。こんなことを本人に言ったら、おそらく白い肌を耳まで真っ赤にして黙り込んでしまうだろうが、「そんなことはない」と否定する情景は思い浮かばないところがその証拠になるはずだ。
愛する者を抱くことは当たり前のことである――口にはしないが、ロランの理論はおそらくこれだ。クリスの部屋で密かに愛撫し合う時の、彼の目や表情を見れば分かる。真剣なのだ。普段、公務に就いているときとはまるで違う、妖しい色の混じった瞳、息づかい、手つき、仕草。男とはこんなにも変わるものなのかと初めは驚いていたクリスだが、たぶんこれが健全な男性である証なのだろう。
考え事をしていたことに気付いたらしい、クリスを上に載せ、胸を揉みしだいていたロランが言った。
「クリス様、どうかされましたか」
他のことを思いやることなど許さないといったふうに、長い腕を駆使して脇腹や背中を巧みに撫で、クリスに嬌声を上げさせる。ロランに意識を寄り戻したクリスは詫びるつもりで顎や首に口付けたが、彼の不満は収まらないようだ。普段は恥ずかしくてできず、結局ロランがリードしていることを彼はねだった。
「クリス様、ご自分で入れてください」
ぐっと下半身を押しつけて言ってくる。熱い異物感に、クリスは羞恥でぶんぶんとかぶりを振った。
「いやだ。できない」
「なぜ? 何度かしたことはあるのでお分かりになるでしょう」
淡々とした調子で言葉を紡ぐのは、ロランの一種の特技のようだった。彼はどちらかというとサディスティックな人種のようで、クリスが恥ずかしさのあまりどうしようもなくなるのを楽しんでいる節があるのだ。
機嫌を損ねると余計にそれがひどくなるのだが、とてもではないが自ら挿入することはできず、ひたすら頭を横に振る。するとロランは上半身を少し起こし、クリスの耳元でぼそりと囁いた。
「私に身体を沈めてください、クリス様」
妖艶な低い声音に、震えが走る。
クリスは、できない、と掠れた声で呟き、突然泣き出してしまった。ハッと男が息を呑むのが分かる。クリスの名を呼び、慌てた様子で頬を撫でたり両腕で抱きしめたりしてくる。
ロランの胸に額を押しつけると、自分の涙が男の色白な肌の上にこぼれるのが見えた。何を泣いているのだろう、男であるロランが恐いのだろうか? それとも不器用な自分が悔しいのだろうか?
ロランは「申し訳ありません」とクリスの頭を撫でながら何度も繰り返した。それに返事をせず、クリスは沈黙していた。慰めるように身体を撫でる彼の手のひらに、たまらなくなって目を閉じる。溜めきれなくなった雫が、またこぼれ落ちる。
ああ。
これが愛しいという気持ちなのだ。
そのときクリスは気が付いた。
人を愛するとはこういうことなのですね、お母様、お父様。
クリスは祈りを捧げる。
女に突き刺さる男という生き物が恐ろしいと思うこと。
どうしても理解し合えない性差に戸惑いを覚えること。
愛しても決して一体化することはできない人間という存在に孤独を覚えること。
相手に翻弄されてしまうことが悔しいと思うこと。
葛藤と歯がゆさに真っ直ぐ愛することができなくなり悲しくなること。
そして相手を傷つけまいとする優しさに心が打ち震えること。
この体温を失いたくないと願うこと。
愛とはきっと、その全てなのだ。
「……ロラン、ごめん」
「クリス様」
心配そうな声が聞こえ、ようやく顔を上げてロランを見た。いつになく不安げな面持ちでいる男を安心させるために、クリスは涙目のまま微笑む。
「ごめんな、愛しているよ」
会話が噛み合わなかったためか、ロランは戸惑ったように瞬きしたが、「はい」と小さな声で答え、クリスの身体を長い腕でそっと抱いた。クリスはロランの胸に寝そべり、もう一度、愛しているよと呟いた。
温かな涙が一つ、彼の胸を滑っていった。
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